短編 小説集>月夜のSerenade>第02話「Long time ago」

月夜のSerenade

Long time ago



 青い空を見上げていると、果てしない過去のことを思い出す。

 ずっと前。カンナ、アイリーン共に、幼かった頃のことだ。

 青い空を見上げていると、記憶の断片が集い、自ずから思い出の中に沈んでいく。

 あれは、10年前の夏だった。その時もまた、月は優しい光を放っていた。


* * *


 月夜はいつも、何か特別なことがあるものだ。

 そういう話を聞いたのは、アイリーンがまだ4歳の頃だったと思う。

 何故そのことを、10歳になった今になって思い出すのか。

 分からない。ただ、一つだけ思ったのは、今日が百年に一度の「星降りの夜」だからかもしれないということだけだった。


『星降りの夜』


 それは、輝くことに疲れを覚えた、年老いた星々が最期の輝きを見せつけるように、空の上を流れていく日。

 その周期がこの世界では百年であり『星降りの夜』は大切な儀式の日でもあった。死に行く星達に夜空を彩っていてくれたことへの感謝の意をこめた儀式だ。

 この頃のカンナとアイリーンは、まだ一緒に行動していた頃で、今日はアイリーンの家に二人共居た。

「そろそろ時間だな」

 と、アイリーンの父親、ハインツが言う。

「じゃあ、屋根の上に行こうよ」

 と、アイリーン。

「そっちの方が良く見えると思うの」

「…そうだな、じゃあ二人共、上に行きなさい」

 と、苦笑してハインツは二人を促す。二人は急いで屋根の上へと登った。


 外に出てみると未だ星は流れていなかった。少し肌寒いかもしれない。

 二人は空を見上げていた。漆黒の空に点在する星達。これから、どれくらいの星が流れるのだろう。

「ねぇ、カンナ。どの位の星が流れてくと思う?」

 不意に、そんなことを聞いてくるアイリーン。

「え…。さぁ? 多分百個くらいじゃないかな?」

「え〜、もっと多いよぉ〜」

 二人の意見は分かれる。

「そうかなぁ? アイリーンはどの位だと思う?」

「え〜…。千個くらい?」

「え、そんなに流れちゃったら星、なくなっちゃうんじゃないかな?」

 あっ、と声を上げるアイリーン。

「そっか…。それはヤだな…。やっぱり百個くらいかな?」

「きっとそうだよ」

 二人の会話を遠巻きに聞いていたハインツは苦笑した。なんと初々しい会話だろうか。

(しかし、どのくらいなのかな?)

 と、ハインツも心が躍っていた。何せ、百年に一度の星降りの日なのだ。生まれて四十年経ったが、今回が初めての星降りの日だ。

 どんなものだろうか。そんな考えをめぐらせていると、外でアイリーンの叫ぶ声が聞こえた。


「あっ、一つめ!」

 カンナとアイリーンは、空を見上げたまま、動かない。その視線は流れていく星達にくぎ付けだ。

 空模様は限りなく神秘的だ。

 一つ流れたかと思うと、次の瞬間には無数の星が流れ始めた。次から次へと…。

 消え行く命は儚いものだ。そう信じていたけれど、この星を見ていると、そんな思いは消えていく。この空を見上げていると。

 流れていく星を見よ。流れ落ちた星の分だけ、その星が辿った軌跡が跡を残している。その軌跡は消えることなく、未だ光を放っている。

 天を、無数の線が覆い尽くす。軌跡と軌跡が重なり合って、不思議な、けれど幻想的な光が残っていく。そして、空は先程までの漆黒を忘れ、今は煌(きらめ)いていた。

 そして、アイリーンはその交錯する星の軌跡を見つめていると、胸の中に、脳裏に、何かが集まってくる気配を感じていた。それは、人の声。懐かしい声。そして、記憶の断片がいくつもの…。

(…誰?)

 声は、ヴィジュアルさえも呼び起こす。そう、特別なこととは、この「星の軌跡」のことではなかったのだ。

 アイリーンは急激に、それを悟った。本当は、これからなんだ、と。

「おぉ…!」

 と、下の庭からハインツの唸(うな)る声が聞こえた。アイリーンは我に帰る。そして、その目が見たものは「雪」だった。

「雪…?」

 アイリーンがそう呟いた直後、また、あの声が聞こえた。

『「星降りの夜」はね、「軌跡」だなんて、ただの前フリさ。本当はね、その流れた星と、星がぶつかって地上に降り注ぐ「Powder of star(星の粉)」が主役なんだ。その雪のような粉の中で、何かを願う歌を歌えばその願いは叶うと言われているのさ。百年に一度の、神様からのプレゼントなんだ』

 そして、地上には将にその「Powder of star」が降り注いでいる。アイリーンは咄嗟(とっさ)にその声の主を思い出した。

(おばあちゃんだ…)

 脳裏に祖母の、懐かしい笑顔を思い出す。覚えていられるはずもないのに。けれど、何故か覚えている…。不思議だと思っていると、カンナが隣で呼んでいるような気がした。

「アイリーン、どうしたの?」

 心配そうな表情を見せるカンナ。アイリーンは笑顔を見せた。

「何も! ねぇ、カンナ…」

「え、何?」

「歌、歌わない?」

 カンナは目を丸くする。

「何で?」

 アイリーンはカンナの質問に戸惑った。何故だろう、第一、何を願って歌うのだろう。

「…ただ、この風景が綺麗だから…じゃ、ダメかな?」

 俯きながらそう漏らすアイリーン。カンナは笑った。

「いいよ。何を歌うの?」

 そう。何を歌うのだろう。何を。何を。

「…えっと……」

 アイリーンはカンナを見た。…胸が、苦しくなった。屈託のない笑みを浮かべて、自分を見つめるその幼なじみは今、自分の返事を待っている。

 そんな、カンナの姿を見つめていると突然、声が勝手に発音された。

「『星の愛歌』がいいな…」

「…わかった。じゃあ歌おう」

 カンナは頷いた。そして「せーの」というカンナの掛け声で歌い始めた。それこそすぐに歌いだした。何故勝手に声が出たのかさえ、考える暇もない程に。


儚(はかな)い星の輝きが

色褪(いろあ)せていく

その世界を見つめて

今二人 愛を歌った



星が重なって

奏でられた音楽は

二人の鼓動を一つにして



離れることを知らなかった

いつも傍に居て

微笑みあっていられれば

良かったのに…



Powder of star

その輝きは

愛情の煌きなんだよね

今 二人 分け合える物が

ここにあるよね…



 歌い終えてから、二人は空を見上げた。

 その時だった。"Powder of star"は二人に一層降り注ぎ、二人の身体は煌いたのだ。

「わぁ…っ!」

 二人は同時に、歓喜の声を上げた。

「綺麗だね、アイリーン!」

「うん!」

 星の輝きが、二人を包み込んでいる。二人は興奮しつつ、その場に腰を下ろした。

「でも、アイリーンは何故「星の愛歌」を選んだの?」

「あ…。きっと、星の歌だから、だよ…」

 と、誤魔化していうアイリーン。

(分け合える物、か…)

「ね、カンナ」

「え、何?」

 カンナは訊き返した。

「私達もきっと、分け合えるよね」

「え、何を?」

 アイリーンは一瞬考えて。

「なんでもなぁい♪」

 声を上げて笑った。

(私達ならきっと、心だって分け合えるよね!)

 星が見守っていてくれる。その心強さがアイリーンをまた一つ、強くした。


* * *


 星はいつも、何か教えてくれる。月の夜ならなおさらのことで。

 二人は今、楽しかった。

 このままずっと、幸せは続くと思っていた。

 しかし、それは儚い想いだということに、二人はまだ気付くはずもなかった…。


 

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2010年01月26日:デザイン改修
2000年05月10日:初出