春。四月。辺りはすっかり色づいて、人々の笑い声が響いている。
もうすぐ春休みも明けて、新しい場所で、新しい生活が始まる。その場所に夢を膨らます者も居れば、ツライ別れに涙を呑む者もいる。彼、服部 幸樹(はっとり こうき)は、悲しみを味わう者だった。
彼の幼なじみ、穂坂 叶(ほさかかなえ)が東京の大学に合格し、上京することになったのだ。幸樹も同じ大学を受験したが、その花はあえなく散った。それでも、二人の仲は良かった。幸樹は叶に想いを寄せていたし、叶もそれは同じだった。けど、こんな状況になってでも、お互いに想いを伝えようとしない。
…分かってるから。口にしなくても。だって、幼なじみだからね。
そんなフレーズが脳裏によぎる。確か、幼かった頃に、叶の口から聞いたことのあるセリフだから。だから、彼らは口に出さずとも、お互いを理解し、見詰め合っていた。けど、現実は無情である。一秒があと数百回過ぎれば二人は別々の土地で生きていくことになる。
「ねぇ、幸樹」
「うん………」
幸樹が力無く返事をすると、叶は笑った。
「何?」
「幸樹、全然元気ないんだもん」
俯く幸樹。だって…。と、呟く。
「お前一人で、向こうに行くんだぜ? 俺…」
「心配?」
意地悪な微笑みを浮かべながら、叶が訊く。
「当たり前だろ……」
幸樹はポツリと呟いた。叶は少し赤くなると、恥ずかしさを隠すために笑った。
「大丈夫だって! ほら、男のアンタがそんな顔してたらモテないわよ?」
「別に構わないよ…」
暖かな太陽が二人を照らしつけていた。叶はため息をつくとこう呟いた。
「…どうせ、来年までの辛抱でしょ?」
「そうだけど…」
「だったら考えないでいいじゃない。来年の今頃には、あっちで一緒なんだからさ」
「…ああ」
ふと、幼い頃遊んだ懐かしい公園を横切る。
「あ、ここだったよね? 幸樹があのきのこの上に登って降りれなくなったのって」
といって、公園の中央にあるきのこの形をした大きな休憩場所があった。
「んなこと早く忘れろよ」
照れながら幸樹は言った。
「へへ…。あっ…」
叶は何かを見つけると、其処に走り寄って行った。幸樹もすぐ後を追う。
「どうしたんだ、突然…」
そして、叶が指差しているものを見下ろす。
「…タンポポ?」
叶はにっこり微笑むと、それを茎の途中からちぎって持ち上げた。
「おいおい」
幸樹は遅いと分かっていながらその行為をたしなめた。
「ね、もう綿毛になってるよ」
「…そうだな」
そのタンポポは、こんなに早くから綿毛をつけていた。
「ね、タンポポの花言葉って、知ってる?」
「…いや」
幸樹がそう答えると、叶は微笑んで言った。
「そっか。じゃあ、このタンポポの綿毛、飛ばして見てよ」
幸樹は訳がわからずも、叶の言った通りにした。
ふぅ、と息を吹きかけると、綿毛は方々に高く舞い上がった。
「…東京についてたら、花言葉、教えてあげる」
飛び立った一つの綿毛を指差してそう微笑んだ。
電車の時間が刻一刻と迫ってきた。
「…急がなきゃ」
二人は頷き合うと、駅に向かって走り出した。
駅のホームなんて、ありがちな別れだけど、二人にとってはそんなこと、どうでも良かった。
「だって、やっぱり別れはツライんだからね」
哀しい笑みを浮かべながら、叶が言った。
「うん……」
電車の出発時刻が迫っていた。もう、叶は電車に乗らなければならない。
「じゃあ、元気でね…」
「電話…っ! するよ…」
幸樹がすがるように言うと、叶は微笑んだ。
「…うん、私も」
発車を継げるベルが鳴る。叶は慌てて電車に乗り込んだ。
やがてドアが閉まる。叶が口を指差している。
『…また…さようなら』
幸樹はそれだけしかわからなかったが、別れの言葉だと考えて、哀しい顔を必死に笑顔へ変えながら手を振った。
* * *
翌年。
無事大学に受かった幸樹は叶と連絡を取り、別れたあの駅から、叶が降りたであろう駅に立っていた。
叶は容易に幸樹を見つけ出して「久しぶり!」と言った。
「ああ。…お前、変わったな?」
「うん。美人になったでしょ?」
幸樹は苦笑すると、駅を出て街に入った。
「結局、叶に一年遅れたな」
幸樹はそう呟いた。
「気にしない。飛び級すれば?」
幸樹は笑った。
あるアパートの近くを通ると、そこにはタンポポの花が咲いていた。幸樹は何気なくそれを見つめていたが、一年前の約束を思い出して叶に訊いた。
「叶、ほら、あそこ」
「え、何? …タンポポ」
叶も思い出したように頷く。
「ちゃんと、ここまで着いてたんだね…」
叶がタンポポに向かって言う。
「なぁ、花言葉は?」
幸樹が急かして訊く。叶は苦笑すると、恥ずかしそうに呟いた。
「電車の中からいったのにさ」
「あ、あれ、最初と最後しかわかんなかった」
幸樹の答えを聞いて苦笑すると、叶は先程と同じような声で言う。
「『また逢う日までさようなら』だよ…」
叶がそう呟く。太陽の光はまぶしい。幸樹は胸を打たれていた―――。
タンポポが見上げるその場所で、二人は初めて身体を寄せ合った。
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