Still my Friends
恋愛小説同盟第一回イベント「わたしたち、あなたしか見えないの♪」出展



 木漏れ日も眩しい木の下で、松下祐介(まつした ゆうすけ)は幼なじみの細川真奈美(ほそかわ まなみ)を待っていた。放課後に此処へ来て、と言われたからだ。

 祐介の胸はドキドキと高鳴っている。放課後。木の下。二人っきり―――。

(真奈美の奴、遅いな)

 腕時計で時間を見る。4時57分。約束の時間は4時半だ。

(遅刻にしては遅すぎる…。後でなんかオゴッて貰お)

 祐介がそんな邪(よこしま)な思いをめぐらせていると、遠くから近づいてくる人の気配。その方角を見ると一人の見覚えがある女の子。

(…真奈美だ)

 祐介はその事実を確認すると、すっ、と立ち上がった。真奈美もその祐介の姿を確認すると、全速力で走り寄って来る。やがて祐介の前まで来ると、膝に手を置いて肩で呼吸する。最後に大きくふぅー、と息を吐く。

「ごめん! 奈緒に捕まってたんだっ」

 祐介は真奈美の言い訳を聞き流して言った。

「後で何かオゴれ」

 真奈美はキョトンとした後、あはは、と笑い出す。

「何だよ」

「ごめん、祐介らしいと思って…。アハハ…」

 祐介は目を逸らすとぶっきらぼうに言った。

「…で、相談ってなんだよ」

 真奈美はいきなり顔を上げた。その顔は少し赤い。

「あっ、あのね…」

 何時に無く汐らしい真奈美。バレッタでとめた横髪も、俯く真奈美に合わせて静かに揺れた。普段の真奈美からは想像出来ない可憐さに甘い胸の疼きを感じる。

「祐介さ、バスケ部だったよね…?」

 上目遣いに問う真奈美。

「ん? ああ」

 質問の意図が判りかねて、曖昧に返事をする。

「じゃあさっ、緒方先輩、知ってる…?」

 切実な声色に、熱っぽく潤む瞳に、その奥に見え隠れする希望に、祐介は躊躇ったが、事実のみを短く答える。


「ああ、まあな…」

 真奈美の瞳は一層希望に輝く。その余りに眩い光が、視界に靄をかけたような白い錯覚を生み、その錯覚はまた、悲しい予感を瞬時に祐介の心に植えつけた。

「ほっ、ホント?! じゃあさ、じゃあさっ、今度、紹介してくれないかな…?」

 冷たい風が背筋を駆け抜ける。

「…え? って、真奈美、お前緒方先輩のこと、好…?!」

 言いかけた言葉は真奈美の手によって葬り去られてた。

「ちょっと、声が大きい!」

 祐介は鼻と口を抑えられて、呼吸も、声を発することも出来ない。やがてそれに気付いた真奈美が慌ててその手を放した。

「あ、ごめーん」
 
「ごめーん、じゃねぇよ! あぁ、死ぬかと思った!」

 大げさに咳き込みながら文句を垂れる祐介。そんな祐介を見て、顔を俯かせて反省している真奈美。

 祐介は目の端で彼女のそんな姿を捉えていた。

「でね、どうかな…?」

 祐介の呼吸が落ち着いた所で、真奈美は回答を迫ってきた。祐介は正面を向いて真奈美を見た。真奈美の目は懇願していた。言葉なんかよりも余程饒舌な瞳だった。抱いている気持ちをとても大切にしている目だった。そんな目に、祐介は厭とは言えなかった―――。

「良いよ」

 祐介は呟くように答えた。もしかしたら、真奈美が聞き逃してくれるかもしれないと思った。

「ホント?!」

 しかし、真奈美は聞き逃してはくれなかった。姑息な手段を用いた自分が酷く惨めに感じられた。

「しつこいってーの」

 祐介はそんな自分を罵るように苦笑しながら告げた。

「ありがとぉ! さぁ、なんでも欲しい物、言ってよっ。驕っちゃうから! あっ、でも高いのはナシね」

 現実味を帯びてきた夢に、真奈美は心を躍らせている。

「ああ」

 祐介は口ではそう答えていたが、お金なんかで買えるものは何一つとして要らなかった。ただただ、真奈美の心が欲しかった。
 
 
* * *
 
 
 夕闇が静かに忍び寄って、空には一つ二つと星が浮かんでいる。
 
 祐介は胸に残る霞を晴らすことも出来ず、ただ黙々と歩いていた。

 夜風に晒されれば、気も晴れるだろう。そんな、何気ない発想からだった。昔から、悩みが出来るとこうやって、夜の風に身を任せていた。

 誰も居ない道。ただ月だけが辺りを幻想的に照らし、色々な想いが浮かび上がる。

 …どうして緒方先輩なんだろう。

 …どうして俺じゃないんだろう。

 …どうしてだろう。

 唐突に涙が零れて頬を濡らした。月や星しか見ていないと判っていても、祐介は涙を拭い、そこで思考を断ち切った。

 目尻に溜まった涙をこれ以上流さぬよう、星を見上げて見た。今はそうしなければ自分が壊れてしまいそうで…、怖かった。


* * *


 約束から一週間が過ぎた。
 
 先週は、丁度三年生においてホームスティが行われていたので、その間は先輩との接触が出来なかっ為だ。

 そして今日が、真奈美に緒方先輩を紹介すると約束した日だった。

 玄関で落ち合い、バスケ部が練習を行う体育館に向かう。

「あぁ、やっと先輩とお近づきになれるのね…っ」

 真奈美の熱い声に祐介は苦笑する。一週間という、決して長くはない時間が、しかしそれでも当人にとっては待ち遠しかったのだろう、先輩を思う気持ちがより強くなっているように思われた。

「ったく。…そうだ。大体真奈美ってさ、何処で先輩のこと、知ったんだよ?」

 確かに、真奈美と先輩との接点は、祐介の知る限りないはずだった。

「何処って、祐介が出る、って言った試合の時に、ダンク決めた先輩みたときからだよ…?」

 その場面を想起しているのだろう、うっとりとした目で遠くを見つめて、真奈美は告げた。

「そうか」

 祐介は精一杯声を振り絞った。そして、心の中で激しく慟哭(どうこく)した。

(結局、なにもかも自分が招いた結果かよ…っ!)

 自然と手を握り締めている。そして、力は限界を知らずにどんどん強くなっていく。

「どうしたの、祐介?」

「あ…。いや、気にすんな…」

「? 変な祐介…」

 真奈美はキョトンとした表情でそう呟いた。真奈美の声が、祐介の耳には痛く感じた。

「ちわーっす。緒方センパイ、いますー?」

 やがて体育館の前に来ると、祐介は緒方を呼び寄せた。

「あん? なんだ?」

「先輩、ちょっと良いっすか…?」

「ああ…?」

 何かわからないが、取り敢えずという感じで緒方が来る。外へ連れ出す祐介。

「実は、先輩のこと紹介して欲しいっていう子が来てるんですよ」

「あぁ?」

 そこに、真奈美がやってくる。

「…初めまして」

 頬を赤く染めて、俯く真奈美。

「…初めまして」

 方や戸惑って挨拶をする緒方。

「取り敢えず、二人で話でもしな。真奈美」

「あ、ありがとね、祐介」

 少しはにかんだ笑顔。その表情にドキッとする。

「まっ、まぁな。じゃあ、俺はこれで…」

 そういうと、二人に背を向けて歩き出す祐介。その背中に、真奈美の声が届く。

「先輩、私、この前の試合見ましたよ! ダンク決めたとき、正直言って、すっごくカッコイイって思いました!」

 聞こえない。

「そう? あれは、自分でも驚いたんだ」

 …聞こえない。

「えぇ? ホントですかぁ?」

「いや、マジだって」

(…聞こえない!!)

 祐介はその場から走り去った。

「すいません、今日の練習、休みます」

 祐介はクラブ顧問に伝えると、理由も言わず、家に逃げ帰った。

 
* * *
 
 
 翌日。

 祐介は真奈美の下駄箱の前に居た。一週間前の夜、自分の気持ちに誓ったことを実行する為に。

『真奈美に、気持ちを伝える…』

 気持ちを伝える為の場所を記した手紙をこっそり真奈美の下駄箱に入れようとする。

「あれ、何してんの?」

 突然背後から声がかかる。ビクッ、として背後を見ると。…真奈美だった。

「何何? わたしに用事?」

 屈託のない笑顔を向ける真奈美。

「い、いや…」

「…最近さ、祐介ってちょっと変だよね」

 一瞬ドキッとする祐介。

「べ、別にそんなこと、ないよ」

 慌てて否定する。

「…別にね。いいんだけどさ。じゃあさ、一緒に帰らない?」
 
 予想外の申し出に戸惑う祐介。

「え…」

「えって、ヤなの?」

 ジィーと見つめる真奈美。祐介は内心、浮き足立っていた。

(チャンスだ、これって!)

「ああ、是非頼む」

 真奈美が首を傾げる。

「あれ、変なの」

「失礼な」

 二人は微笑み合って帰路についた。


 やがて、二人は赤く染まった道を歩く。

「そうそう、でね、昨日先輩がね…」

 嬉しそうな声。

「ああ…」

 祐介の考えは、間違っていた。

「あっ、でね。その時先輩が…」

「うん…」

 真奈美は緒方の話ばかりをして、それに楽しそうな声色で。

「その後屋上に行ってね…」

 祐介の想いは、いつしか諦めへと変わっていた。

「夕日みたの。すっごい綺麗だった」

「そっか、良かったな」

「うん」

 祐介は思った。

(真奈美にとって、俺は幼なじみって関係だけなんだよな…)

 二人は静かに、一言も話さずに歩く。

(…それでも、いいかな。それで真奈美が幸せになれるんだったら…)

「…真奈美」

「うん?」

「先輩と上手くやれよ」

 真奈美は驚いた表情を覗かせる。

「どうしたの、急に?」

「別に」

 祐介は微笑んだ。

 ズボンのポケットに手を入れて、手紙の存在を確認する。

(友達のままで、いいよな…)

 祐介そう心に問い掛けた。

 異議はない。

 だから手に力を込めて。
 
 
 そっと、その手紙を握りつぶした。


 

ホーム| 短編INDEX| WEB CLAP |


2009年10月28日:デザイン改修
2006年08月05日:デザイン改修