キミは一度見たら忘れることを赦さないと云うような、甘い甘い笑顔を浮かべたまま、何の躊躇いもなく僕の心臓を
キミが阻むその向こう側の景色さえも透けてしまうのではないかと錯覚する程色素の薄い肌には、桜色の唇が含羞を湛えたまま浮かび、キミの孕んでいるはずの熱を薫らせる。風に弄ばれる長い黒髪は、其の実風を弄んでいる。
身体を支えていた力はゆっくりと遠退いてゆき、やがて僕はキミの前に跪く。呼吸が置き去りにしてゆこうとする意識を、キミの
僕はいつの間にか涙を流していた。
何故泣いているのかは解らないけれど、キミが顔を近づけ、舌で掬い取ってくれたから、この涙の意味を僕は考えない。
キミは唐突に僕の頭を撫でた。酷く優しい手つきだった。
キミは僕の頬に触れた。キミの指は細くて冷たくて、まだ僕が生きていることを教えてくれた。
それからキミは、僕の首にその心許無い両掌を絡めた。喉骨に触れる親指から、首の後ろに回した人差し指、中指、薬指、小指と丁寧に力を込めていく。
苦しくて僕は喘ぐ。だけどそれにさえ気付かないふりをして、キミは僕の唇を塞ぐ。纏わりついてくる舌が堪らなく甘い。甘くて甘過ぎて没頭する。一瞬でも長く絡みついていたい。吸いつくように舐るとキミも応えてくれる。僕のものかキミのものかも解らない唾液が口内に充満する。甘い。ただ甘いと思う。だけどキミが離れていく。離れないで欲しいと舌を伸ばし、キミの中を犯す。キミの中はどうしようもなく温かく柔らかい。僕はキミの矮躯に腕を回し、力一杯に抱き縋る。キミは少し息苦しそうに喘ぐと、一層指先に力を込めた。
その瞬間、キミの身体が消えてなくなった。否、キミを抱き締めているという幻想が霧散しただけだった。
僕はいつの間にか終わっていた。
幻想さえも失くした僕を孤独が蝕んでいく。首に絡みついていたキミの掌がついに僕から離れ、何も残っていない僕は地面に横たわる。視界がぼやけていく。
僕は最後にキミを憶えようと思った。
キミの姿はもう殆ど見えなくなっていた。すぐ其処にいるのに、キミはぼやけて二人にも三人にも、十人にも二十人にも見えた。
キミは未練も罪悪も僕の元には残して呉れず、次の人の処へと向かう。キミはそうやって放蕩していたのだと、今思う。一体これまでにどれだけの人を
僕には皆目検討もつかない。
だけど。
それでもぼくは、キミのことをすごくきれいだとおもった。
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