凍りついた気持ち



 とても近づけない。君のような、繊細な心を持つ人に。ましてや、彼氏まで居るのに―――。

 その事実がわかっていても、燃え上がる恋の炎に歯止めはきかない。

 親友のアイツの、彼女である君。いつも三人で遊ぶ度、押し寄せてくる二つの気持ち。

 一つは、君を想う気持ち。

 とても苦しくて、息が出来ない程で…。何処が好きなの、って聞かれたら、僕なら答えられる。「君の全てに惹きつけられて、僕は君に病んでいるんだ」って。恥ずかしいセリフだけど、それで君の気持ちを射止められるなら、そんな感情は喜んで捨てよう。

 二つ。

 アイツへの、罪悪感。或いは嫉妬心…。

 アイツが僕に、君を紹介したときのこと。

『俺の彼女。…どうだ、可愛いだろ?』

 正直言って、その時から心は奪われていた。

『あ、ああ…。すごい綺麗な人だな』

 僕の本心がそのまま、言葉になって口を突いて出た。その言葉に微笑みながら、照れている君。

『だろ? 俺が見つけた大事な女(ひと)なんだ。仲良くしてくれよ』

 僕は頷いた。

『よろしく』

 君が差し出した手を見つめると、少し戸惑いながら、僕その手を握り返した。冷たくて、少しでも力を入れてしまったら壊れてしまいそう。

 それが最初の印象だった。

『よし…。さっ、近くの映画館でも行くか?』

『だな』

 僕は短く返事をした。そして。その日から僕らは二人ではなく、三人で行動するようになっていた―――。

 アイツは僕に気を使ってそうしてくれたんだと思う。昔から、僕らは何をするも一緒だったし、これからもそうだと思っていた。お互いに。

 けど、今では君という女(ひと)が居る。アイツは君のことを想っているし、僕だって、君を負けずに想ってる。

 アイツにとってのかけがえのない人かもしれないけど、僕にとっても同じさ。

 アイツになんか渡したくない。いっそのこと、君を奪い去ってしまおうか。

 けど、そんなことは出来ない。一度は考えた。アイツとの友情を捨てること。だけど、やはりそれは出来なかった。アイツとの付き合いが長いだけに、裏切ることは出来ない…。

 冬の寒さが更けこむ中、不意に、アイツの部屋に向った。

 今年も3人一緒に過ごそうと言っていた。けど、見上げたアイツの部屋。

 カーテン越しにもはっきり分かる。君とアイツの口付けの瞬間。恐る恐る、ゆっくり近づいて―――。

 僕は持ってきていたシャンパンを投げ出し。辺りには破片が散る音が響く。

 走ったのは勿論、あの場所に居るのが辛かったから。自分という形が崩れてしまいそうで。

 

 翌朝。僕は傷心の心を撫でながら、朝刊を取りに玄関に出ると。そこには一鉢の花があった。手紙がささっている。ゆっくりと取り上げると、中の手紙を読む。

『おはよう。昨日はどうしたの? 3人でパーティーしようって言ってたけど、貴方はこれなかったんだよね? 風邪でもひいたの? だったら元気出してね。…外に落ちてたシャンパンは、貴方が持ってきてくれたんだよね? ありがとう』

 そこまで読むと、僕は胸が痛んだ。

『… もし、貴方が傷ついているのなら、はっきりしたほうがいいのよね? 私は、あの人のことを想っています。貴方とは、良いお友達で居たい。気持ちにこたえられなくってごめんね。私からの、友達としてのプレゼントです。この花の名前は”クリスマス・ローズ”です。可愛がってね』

 丸い小さな文字。一枚の紙の上に、そう書いてあった。

 一番驚いたのが、彼女が僕の気持ちを知っていたこと。

 そして、想いを伝える前に失恋してしまったこと…。

 僕は朝刊とその「クリスマス・ローズ」を抱えて家の中に戻った。

「あれ、その花どうしたの?」

 僕の妹が不思議そうに見つめる。僕は「…最高の友達からのプレゼントさ」そう答えた。

「クリスマス・ローズだね。…ねぇ、お兄ちゃん。この花の花言葉、知ってる?」

「いいや」

 首を横に振る。

「そっか。それ、女の人からでしょ?」

 僕はギクリとした。

「…やっぱり。だってお兄ちゃん、昨日の夜…、泣いてたでしょ?」

 更に驚いた。声はかみ殺して泣いたはずなのに。

「ああ…。だけど、どうしてそれだけで女の子から、って分かったんだ?」

 妹は微笑んで言う。

「ちょっと、ね。そだ、今日友達に貸すつもりだったんだけど…。この本で、その花のこと、調べたら? じゃ、行って来まーす」

 ポイ、とほおってよこしたその本を受け取ると、妹はどこかに遊びに行ったようだ。僕は部屋に帰り、早速クリスマス・ローズを飾ると、ベッドに腰掛けてその本を開いた。

 そして、クリスマス・ローズのページを見つけて説明を読むと、彼女の優しさに、胸が締め付けられた。

 誰も居ない家の中で、その本を落としてしまうと、僕はとうとう、声を上げて泣いた。

 クリスマス・ローズ。その花言葉は―――。

 「ひそかな慰め」だった。


 

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