花束を贈ろう



 あなたの元を離れて、既に三年という歳月が経ちました。はじめは不得手だった炊事洗濯も、今では生活の一部と化して、あなたの味を再現することも、肌触りの良い洗濯物の干し具合も総て自分のものに出来ました。

 バイトも始め、自分の手でお金を稼ぐ苦労を知りました。食い扶持位は何とか自分で賄えるようになったけれど、まだ家賃は負担出来なくて、それでもあなたにかける苦労が食費の分だけでも浮いたのだと思うと、その分のちっぽけな自負が、いつしか一人前になったと言う幻想を抱かせました。

 だけどその愚かしい思想は、日々繰り返される生の営みの中で次第に是正されていきました。

 待つ人の居ない部屋に辿り着き、施錠を解く。扉を開けば呼吸をとめた暗い部屋が凄然として目の前に待ち受ける。体温を奪われるような感覚に陥り、後ろ手に鍵を閉め、歩き疲れた靴を脱ぎ、肩にかけたバッグを下ろして灯りを点せば、漸くいつも通りの自分に戻る。

 こんな身近な所で、あなたの存在の大きさを再認識するなんて思いもよらなかったと言ったら、あなたは怒りますか。

 だけど何気ない瞬間にこそ、あなたの偉大さを思い知るのです。

 追い求める料理の完成形はいつもあなたの味だし、自分の中の譲れない思想はあなたの教えに基づくものです。自分の信じた道を忌憚無く歩めるのもあなたが在ればこその所業です。あなたの応援があるから僕は今此処に居て、こうして生きているのです。今僕を取り巻く総てはあなたであると言っても過言ではないでしょう。

 だから、感謝の言葉だけでは表せない感謝の気持ちを込めて、花束を贈ろうと思います。

 あなたが好きな秋桜の花でなくて気の毒だけど、カーネーションも綺麗でしょう。だから文句の一つも言わず受け取って下さい。きっと手に取れば気に入って貰えると信じています。

 まだ一人では何も出来ないけれど、あなたの支えが必要だけど、遠くない将来僕があなたを支えて行けるよう変わりますから、もう少しだけ見守っていてください。
 
 
 

世界中で最も尊敬し、信頼するあなたへ。
 
 
 
この花束を贈ります。
 
 

 

ホーム| 短編INDEX| WEB CLAP |


2009年10月28日:デザイン改修
2006年08月05日:デザイン改修