逢い夢-アイム-



 明日からは、三学期の始まりだ。

 宿題も全て終わったし、後は眠るだけ。彼、椎名 直樹(しいな なおき)はベッドに入って目を瞑った。

(あ゛〜、学校始まる〜ぅ…)

 寝るには大よそ似つかわしくない顔でそんなことを考えていた。

(でもまぁ、宿題は珍しく終わってたし、良しとするか…)

 そして、寝返りを打つ。

(…それに、アイツにも逢えるしな…)

 そして直樹は「アイツ」の姿を思い描いて少し微笑んだ。

 

 ―――そして、ここは直樹の言う「アイツ」の部屋。彼女の名前は矢崎 真由(やさき まゆ)と言った。

 真由はその綺麗な長い髪の毛を、丁寧に櫛で梳かしていた。鏡の中の自分の瞳を見詰めながら、漠然と明日のことを考えていた。

(…はぁ、宿題終わってないし、どぉしよぉ…)

 直樹と対照的に、こちらは宿題が完全には終わっていなかった。

(…明日、スッチーに見せて貰おっと)

 そう邪な思いを巡らせながら、真由は机の電気を落として温かいベッドに身を静めて行った。

 そして、考える。

(…取り敢えず、明日は始業式だけだし、なんとかなるよね!)

 自分で自分をフォローして、安心させていく。

(でも、やっぱり一番楽しみなのは、椎名くんに逢えることだよね!)

 直樹の顔を思い浮かべてはにかむ真由。

(はあぁ〜、ちょっと恥ずかしいけど、早く逢いたいなぁ〜…。また、終業式みたいに話せるかなぁ…?)

 そして、終業式の日のことを思い出す。

 

『あれ、髪切ったんだ?』

 真由から話し掛けていた。

『ん? ああ、どぉよ?』

 直樹は髪を摘んで見せて、真由に訊いた。その表情が見えないように、巧妙に腕で表情を隠しながら。

『えぇ〜?』

『何? もしかして、Not ダンデェ?』

『ん〜、そうかな?』

 そういって、声を上げて笑う真由。

『あ゛、ひっでぇ〜。俺もぉグレてやるっ』

『グレても迫力ないと思うな』

 真由が言い放つ。

『…もしかして矢崎、俺のことキライか?』

『え、そんなことないよ…』

 話の流れは実に綺麗で、ただ仲良く話しているように見える。しかし、両者の胸中には複雑な想いが交差していた。

(本音じゃないかもしれないけど、俺のこと、どう思ってるのかな…?)

 直樹の想い。

(…そんなこと訊かれたらドキッとしちゃうよ…)

 真由の想いが歯車のようにかみ合って、微かに雰囲気が動く。

『なら、良かった』

『…え?』

 何気ない直樹の呟きに、真由の表情が今度こそ感情を表した。極一瞬であったが、そのことが悔やまれた。

(好きってこと、バレちゃったかも…)

 真由はそれを恐れていた。

 

 …もし、拒まれたら。

 …もし、キライだって言われたら。

 …もし、その腕に抱き締めて貰えなかったら。

 

 「もし」が重なる度、真由の不安は大きくなる。しかし、其処で運よく始業式会場へ集合のチャイムが鳴り響く。

『あ、チャイムなったな。お互い友達待ってるし、そろそろ行こうか?』

『え?』

 殆ど反射条件のように呟いて、真由が振り返る。友達が数人、真由に手を振った。

『…そうだね、また後でね』

『おう』

 そして、二人はそれぞれの友達の元に向かった。

(もう少し話して居たかったけど、一緒に居るのは切ないから…)

 真由はそう考えた。

(もうちょっと話したら、好きっていっちゃいそうだから…。それで、困らせそうだから…)

 強く手を握り締める。

(もっと、時間がほしいな…)

 そう、一人考えた。

 

 再び、直樹の部屋。ひっそりと静まり返り、今では直樹の規則正しい寝息が聞こえるだけだ。

 その表情を伺ってみる。

 驚いてはいるが、何処となく幸せな顔をしている。

 真由もまた、同じ表情を覗かせていた。

 

* * *

 

「ッチ。うぜぇな…」

 直樹はそう呟くと、久しぶりに通学路を通る。学校に行ける道は二つあって、今日もこちら側、運が良ければ真由と逢える道を通っていた。

 そして、いつものタバコ屋の前を通る。老婆…、といってはいささか間違っている気がする。

 取り敢えず、いつも通りの朝の挨拶をするため、タバコ屋のばっちゃんの元に向かう。

(いつも、通り…?)

「ばっちゃん、生きてるー?」

 と、開口一番失礼な挨拶をする。

「大丈夫だよー。ちょっとおいでー」

 中から返事が聞こえた。いつもならここで学校に向かうのだが、今日は丁度時間にかなりの余裕がある。

「あいあーい」

 直樹はそう返事をすると、靴を脱いで中に入った。

(…あれ、先客が居るぞ)

 靴を脱ぐ時気づいたが、女の子用の靴がそこにはきちんと並べて脱いであった。

(矢崎だったら良いな…)

 直樹は淡い期待を胸に抱きながら、中に入っていった。

「よく来たねぇ」

 お婆さんがシワの沢山ついた顔を笑顔に変えると、手招きをした。

「ン、お邪魔しまぁー…」

「わっ!!」

「○×△?!!」

 挨拶をしながら入ろうとした時、勢い良く『何か』が飛び出してきた。直樹は突然のことに驚いて奇声を上げた。

「あははっ、椎名くん、おはようっ」

 と、言った『飛び出してきた物』は直樹の期待通り、矢崎真由だった。

 真由はお婆さんと「ヤッターっ」と言いながら喜んでいる。

「? …は?」

 まだ良く状況が飲み込めず、直樹が目をパチクリしていると、真由が直樹に近づいていった。

「お久しぶり! 元気そうだね!」

 無邪気な笑顔を浮かべながら、真由がそう言った。

「ああ、おっはー…?」

 取り敢えず、無意識のうちに挨拶をして真由の顔を見る直樹。そして、次にお婆さんを見詰める。

(ばっちゃん…)

「えっとぉ、ばっちゃん?」

「さぁ、若い奴はもぉ出ていきな。私ゃラヴラヴな奴らがだいっきらいなんだよ」

 と、意地悪く笑いながら二人を追い出した。

 店を出る間際、二人は声を合わせて「いってきまぁ〜す」と言った。

「ね、椎名くんっ。いい天気だね!」

「そぉね」

 直樹は実際、真由と一緒に登校出来たことを喜んでいたが、少し素っ気無く返事をした。

「わっ、何かその返事、感じ悪いよー」

 そういって、直樹の腕を引っ張る真由。

「わ、悪かったからくっつくなよ、恥ずかしいじゃんか」

 と、本当に真っ赤な顔をして直樹が言った。

「あ、顔真っ赤だぞぉ? ひょっとして、照れてる?」

 真由が意地悪く問う。

「べっつにィー」

「あは、いいからっ。ウソつかなくったって!」

(な、なんだ、コレ…)

 直樹は深く眠る意識の中でそう感じていた。

(夢…、だよな?)

 そう。ここは夢の中。眠っているはずの意識はハッキリしている。なのに、目は覚めない。

 夢の中だと思うのは、あのタバコ屋のばっちゃんは、去年亡くなっているからだ。なのに、真由や自分の姿は現在の自分達の姿だから。

(懐かしいな…)

 ばっちゃんは高校に入った年に知り合った人で、直樹の高校の先輩でもあった。

 ひょんなことから、高校の話で盛り上がって、今年の2年。その夏に彼女はこの世を去った。それだけに、思いは強かったのかもしれない。

(ばっちゃん…)

 

(私…、椎名くんにあんなことしてる…。いいなぁ)

 真由も、ここが夢の中であると気づいていた。しかし、女性はたくましいということか。この状況を楽しんでいる。

(あ、公園がある…。寄って話して、良い雰囲気にならないかなぁ)

 と、真由が考えると、夢の中の真由が言い出した。

「ねっ、椎名くんっ。時間いっぱいあるし、逢うの久しぶりだからちょっと公園に寄らない?」

(…え?)

 流石の真由も、この展開には驚いた。

(…もしかして、思ったとおりに夢が進む?)

 そして、直樹。

(話したいよなぁ…)

 眠る意識の中、漠然とそう考える。

「まぁ、時間もあるしな」

 夢の中の直樹が答える。

(えっ…?)

「そーこなくっちゃ!」

 夢の中の真由が微笑むと、二人は公園へと入っていった。

 

 朝日がまた、少しだけ高くなった。が、時間は殆ど進んではいない。

(夢だから、都合良く行くのかな…)

 真由は、漠然とそんなことを考えていた。

「椎名くん、冬休み、どうだった?」

「ん? 別に…。たいしてかわんなかったぜ」

「そっかぁー…。私はね、毎日遊びまくったよ!」

 直樹は苦笑する。

「いつも通りじゃねぇか」

 と、大袈裟に笑って言う直樹。

「あっ、ひどぉーい! 私だって、いつも遊んでるわけじゃないもんっっ」

 手足をばたつかせて否定する真由。

「ほほぉー。では一体、君はいつオベンキョウをしてるのかな? どの教科のトップテンにも名前が載っていなかったけど?」

「ゔっ…」

 真由は胸の前で手を握り締めると力の限り動揺した。

「そっ、それは…っ。皆が良過ぎるんだよっ」

「ほほぉ。そうだったのか…。じゃあ、何故いつも宿題をしてないのかな?」

「ゔっ…」

 更に追い討ちをかけられて、真由は大袈裟にふらついた。

「はぁぁぁ〜…。私が悪かったです…」

 真由が完敗を認めてそう呟くと、直樹は勝ち誇った顔で言った。

「まぁ、この直樹様の手に掛かったら、お主のような小娘一人、手玉に取るのは造作でもないわ!」

「うぅ〜〜…」

 真由が悔しそうに直樹を睨んでいる。そして、何かに気づいたようなハッとした顔をする。その表情は少し、熱っぽい。

「ねぇ、椎名くん。どうして…」

「ん?」

「どうして、私の名前、探してるの…?」

 直樹は意味が良く分からず、訊き返した。

「え?」

「どうして私の名前、テストの順位発表の時とか、探してるの…?」

「…あ…っ」

 直樹はそこまでして、漸(ようや)く自分の過ちに気づいた。

(もしかして、椎名くんって私のこと…)

(オイ、俺。うかつすぎるぞ…)

 それぞれ眠っている意識の中で、葛藤を始める。

(好き…、なのかな? だったら両想いってことだよね…!)

(絶対バレちまった…。俺が、矢崎のこと、好きってこと…。アイツの気持ちもまだ、わからないのに…)

「ね、どうして…?」

 艶やかな声を出して、直樹に語りかけていく真由。真由自身も驚いていた。自分がこれ程、甘えたような声を出したことを。しかもそれを客観的な視点から見詰めているだけに、その驚きも大きい。

(私、あんな声出すなんて…)

 ベッドの上の真由は、案の定赤い顔をしていた。

「それは…」

 夢の中の直樹が告白をしようとしている。

(もうヤケクソだ! どうせ夢の中だし、告白しちゃえ!)

「俺、矢崎のこと、ずっと前から…、す…」

「…す?」

「…好き、だったんだ…」

(言っちまった!)

「………」

(………)

 真由は、嬉しさのあまり涙をこぼしていた。夢の中でも、現実の世界でも。

枕には幾つもの小さな涙で濡れた跡が出来た。

(ウソ、ヤダ…。ホントに…? 嬉しい…っ)

「椎名くん、私も…っ」

 

* * *

 

 はるかな太陽から差し込む、暖かな風。

「………」

 眩しい程の陽光に、少しだけ目を打たれながら直樹はゆっくりとその上体を起こしていた。

「…やっぱ、夢だよな…」

 自分に言い聞かせるように呟くと、直樹は立ち上がり、洗面所に向かった。

 

「……やっぱりね…」

 真由は直樹と同じように上体だけを起こすと、枕に手をやった。夢の中の、直樹の告白。例え夢の中のことだとしても、こうやって、現実に涙が流せていた。

「正夢にならないかな…」

 以前、未だ祖母が生きていた時、目覚める頃に見る夢は、正夢になると聞いていた。今までそんなこと、信じてもいなかったが、今日、この朝だけは違った。祖母の話が本当であるように、と、心から祈っていた。

「…なんて、都合良過ぎるよね」

 そういって少し寂しそうに微笑むと、また直樹と同じように洗面所へと向かった。

 

 この朝の気配。

 例えば、朝の風の心地良い肌寒さ。空を飛び回る鳥の囀(さえず)り。

 今日、間違いなく体験する、二度目の通学。

「寒…」

 吐く吐息も白い。鞄は脇に抱え、両手は制服のポケットに突っ込んでいる。いくら制服が黒くとも、この寒さでは陽光を吸い込んだとしても大差はない。

「雪でも降りそうな感じだな…」

 そして、やはり夢と同じように、あの道を通る。高校に入学した時より数回は通った反対側の道、いまではすっかりご無沙汰している。

 やはり、この道を通れば真由に逢える。そんな小さな幸せのために、わざわざほんの少しの遠回り。

 それで、真由と逢えたことは殆どない。

 今日こそは、の繰り返しで毎朝切なさを感じている。ただ、教室に入れば「おはよう」の言葉が交わせる。

 もしかしたら、もっと話せるかもしれない!

 直樹の足取りは軽い。

 そして、真由の家と繋がるわき道。彼女はそこに…。

 居なかった。

 ただ、ほっそりとした木が一本生えていて、風に揺られる姿は寂しい。

 直樹の脚はそこで止まり、大きなため息をついた。

「そうそう、上手く行くもんじゃねぇよな…」

 直樹はそう呟くと、一人で苦笑して学校に向かう。

(おはよう、っていって、夢の話して、笑い合って…。いつも通りでいいんだよな)

 直樹は一人で考え込み、やがて思い出したように足を進める。

「今日学校で、逢えるだけで充分だよな!」

 

 やがて、久方ぶりに学校と顔をあわせた。一週間とちょっとという短い休みだが、その間に学校に行かないと、こんなに大きく感じるものなのだろうか。

 毎日来る時は嫌気がさすこの空気も、今日だけは心地良く感じる。

 直樹はまた大きく息をつくと、校門をくぐり、校庭を抜け、玄関へと入っていく。

「…あ、椎名くん」

 この声。今朝も聞いた優しい声。

「あ、矢崎…」

 胸の鼓動が早まっていく。

「おはよう、良い天気でよかったね!」

「あ、ああ」

「あ、そうそう。忘れるとこだったよ」

 真由はそういって鞄を後ろに回すと、少し微笑んでいった。

「私もずっと、好きだったよ」

 夢の中の、真由の言葉の続きはこうだった。

「そっか…。じゃあ、今日からは一つ、恋人同士ってことでお願いします」

 直樹が赤い顔のままそう言う。

「はぁ〜いっ。ナ・オ・キ!」

 二人は笑った。

 自分達の教室に向かう。階段を登っていく。

「あ、そういえばさ…」

「え?」

 直樹の呟きに反応する真由。

「宿題終わったの?」

「う゛」

 真由はうめき声をあげた。

「だったら、俺の写させてやるよ」

「え、本当?!」

「ああ」

直樹は笑いながら答える。

「ありがとう。私、直樹のそういう優しいとこ、好きだよ!」

 真由が大きな声を出す。気づいた時には遅かった。

「『直樹』だってぇ〜!」

 真由の友、スッチーが声を上げた。

 教室が一斉に盛り上がり、大きな足音が近づいてくる。

 これから皆の質問に答えなければいけないようだ。


 

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2009年10月28日:デザイン改修
2006年08月05日:デザイン改修