中編恋愛小説>絆=You & I=>第05話「エピローグ〜綾の日記より〜

エピローグ〜綾の日記より〜



 宵も深く暮れし頃、綾は自室で独り、日記を書いていた。それというのも徹が「少し部屋で待っててくれないか?」といったからだ。

 綾はまだ、体調が思わしくないこともあり、徹の言う通りにした。

 しかし、眠ることが出来ず…、そう、眠ってしまったら、次はいつ目覚められるか解らないからだ。

 綾は今、こうして5年前に途絶えてしまった日記の続きを書いているのだ。

 取り分け、今日は色々なことがあった。色々な真実があらわになった。綾は今日という運命的な日を忘れぬよう、今覚えている限りのことを日記に認(したた)めた。


2005年4月03日


 私は長い間、眠っていたらしい。

 今朝目覚めてから、これまでのことを粗方聞いた。

 特に、私が入院してからが大変だったらしい。今朝先生に聞いた通り、植物人間状態に陥った人間は起きる可能性が皆無であるからだ。

 徹は事実を知った瞬間は、この上ない胸の痛みを患ったと言う。それと共に、これからのことを深く考えた、ともいっていた。

 それなのに、徹は多くを犠牲にして、私を選んでくれた。其処から長い徹と、私の闘いが始まった。

 徹はまず、会社が終わると一目散に病室に駆けつけ、毎日面会時間が終わるまで傍に居てくれたらしい。そして、朝でさえも、出社時間ギリギリまでそうしてくれた。

 彼はとにかく、自分がいる間は私の身の回りの世話もしてくれたらしい。食事もとらせてくれた。…トイレの世話だってしてくれた。病院の許可があった日には、中庭でだけだけれど、散歩だってしてくれていたようだ。

 本当に、こんな話を看護婦さんや、先生に聞く度、彼に抱いても抱ききれないほどの感謝を感じている。

 ありがとう、徹…。

 それにしても、あの状態の間に見ていたものはなんだったのだろう。これは先生も、あくまで憶測でしかいえないと言っていたが、深層心理における、心の移り変わりが映し出していた幻影なのではないか、ということだった。

 少し簡単に説明してもらったのだが、徹の帰りが遅いことに不安を感じていた時、不慮の事故に見舞われて意識を失った。命に関わる器官の治癒は奇跡的に成功したが、植物人間状態だけは避けられない状態だった。

 植物人間状態の間に関することは、詳しく知られてはいないので、先生はその間のことはわからないが、といって紡いだ言葉がこうだ。

 脳の内部にストックされた記憶―――情報が氾濫し、不安要素がその間に入り混じることによって、綾が最も恐れていたであろう、徹が事故に遭うという見たくも無いヴィジョンが再生され、再生されることによって、その後の出来事が展開して言ったのではないか、と言う。

 実際、その通りかもしれない。私が決して望んでいない出来事が、次から次へと訪れてきた。


 あまりの悲しみに、私は生気を失って、起き上がる気力が削がれていったのだろう。

 けど、徹の看病が徐々に私の身体に浸透してきて…。毎日声をかけてくれていたっていうし、植物に話し掛けるとキレイな花が咲くっていうのと同じだと思う。

 だから、私は目覚めることが出来た。悪夢を振り払うことが出来た。

 そう、全部徹のおかげだったんだ。本当に感謝しきれない…。何度書いても…。

 徹は私の看病をしながら、本を書いていたらしい。それが、退院する時先生から渡された本…。それを読んだけれど、徹の気持ちがすごく解る。一節を書き出してみよう。すごく嬉しかったから…。

『世界規模で見ればこれは、すごく些細な事件に過ぎないだろう。当事者の気持ちは理解しがたい。それは仕方のないことだと思うけれど、私のように、或る日突然、自分の所為(せい)で、自分の愛する者を失ったとしたら? 想像を絶する苦痛が自分にのしかかってくる…』


 私は愛されている。

 それを一番に感じ取れた部分だ。

 私は此処に誓う。自分の気持ちに確認するためにも。

 香咲徹を一生の伴侶として共に連れ添い、変わらぬ愛を貫くことを。

 前にも―――結婚式の時にも誓ったことだけど、目覚めてからの、新しい人生のスタートということで、誓ってみた。

 またこの部分を読み直したときの自分へ。

 今の私の想いと変わらないままでいるよね? 徹のこと、一番大好きだって気持ち!

 二人を結んだ強い絆への感謝の気持ち! 生きている限り、忘れないで居ようね!


「お〜い、綾ー!」

 リビングから、徹が呼ぶ声がする。

 綾は「はーい!」と元気良く返事をすると、日記を閉じて、一階のリビングへと向かった。


* * *


 綾は我が目を疑った。

 食卓に彩られた幾つもの料理の数々。

「さぁ、座って」 

 徹は綾を促すと、一つの椅子に、彼女を腰掛けさせた。

「コレ……」

 綾がやっとそう呟くと、自慢気に徹は言う。

「結婚10周年、おめでとう! そしてありがとう!」

 徹は一人、クラッカーを鳴らすと、拍手をした。

「ありがとう…。徹も、おめでとう…っ」

 綾は涙しながらそうか細く呟いた。

「またいつか、綾とこうして食事できるようになった日のために、一生懸命料理の勉強したよ。美味く出来るまで、かなりの時間かかったけど…。間に合って、良かった」

 そういってまた、微笑む徹。

「それに、約束しただろ? 5誌う念記念の続き、するって」

 綾は立ち上がり、徹の腕の中へ還っていった。

 徹の胸を涙で濡らしながら、綾は、徹は言った。

「もう、離さない!」


 

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2010年01月27日:デザイン改修
2001年04月30日:初出