長編恋愛小説>バーチャル・ガール>第06話「離れた手……」

離れた手……



 観覧車は現在、超満員である。

 既にたくさんの恋人達に溢れ、その中に結菜と潤が居た。

「人、一杯居るね」

「うん」

「皆、付き合ってる人なんだよね」

「だろうな」

 二人の会話は次第に途切れていく。…けれど、繋がれた手が二人の心を離さない。むしろ、引き寄せて、引き寄せて。普通の恋人達より近い存在。

 次々と観覧車に乗っていけば、次々と降りてくる。降りてきた二人の表情は幸せに満ちていた。そんな二人を見つめていると、結菜は潤の手を強く握る。

 潤も握り返す。

 そんな何気ない行動も、二人にとっては…、特別なもの。

(観覧車を降りたときは、俺達って…)

 不意に、結菜を見る。自分達の順番を数えてはため息をついている。そんな結菜を見ていると、抱きしめたい衝動に駆られる。しかし、ここで抱きしめてみても、潤の気持ちは固まらない。未だ、告白もしていないのだから―――。

(恋人同士になってたら、いいな。それで、結菜の肩を抱いてるんだ)

 また、手に力がこもる。

「潤?」

 瞬間、自分に還る潤。

「あ、ごめん」

「うんん、いいの」

 微笑む結菜。今はそんな表情も、潤にとっては命取り。今にも伸びそうな腕を力ずくで制して平静を装う。

 

「もうすぐだな、俺達の順番」

 前の人を数えると、既に4人。次の乗り込みには、自分達の番までもまわってくるのは確実だ。

「そうだね…」

 吐く息も白い。潤は肩を抱いて温めてやりたかったが、今は出来なかった。その時ではない。そんな勇気はない。

「どんな景色だろう」

 不意に、結菜がそう呟く。

「そうだな…。すごい綺麗なんだけど」

「すごい綺麗なんだけど?」

(結菜に比べたら見劣りするくらいだよ)

 心の中で言葉を繋げて。笑顔で誤魔化した。

「ねぇ、何?」

「ハハハ…」

「もぉ、気になる」

 潤は尚も笑ってはぐらかした。そして――。

「お、俺達の順番だ」

 乗り込みの時。

「ホントだ。楽しみ…」

 二人が観覧車の前に来ると、係員が伝える。

「はい、次の人、どうぞ」

「あ、はい」

 潤が返事をする。

「どうぞ。…今日の夜景は一段と綺麗ですよ」

「そうですか、どうも」

 潤と係員は微笑み合うと、お互いの行動に移った。

 係員が扉を閉める前に一言告げた。

「良い、空の旅を。一つだけ、サービスがありますよ」

 扉が閉まる。潤と結菜は「サービス?」と訊いたが、係員は微笑むだけ。

 やがて、空に向って動き出す。

 向かい合わずに、ただ隣り合わせて座っている。二人共、同じ窓から外を見つめながら。勿論、手は離れることはない。

「…サービスって、何だろうね」

 結菜から問う。

「さあ、見当もつかないな」

 そんなことを離しているときだった。空に大輪の花が咲く。…花火だった。

「綺麗…」

 結菜がため息のように、そう呟く。

「そう、だな…。けど…」

 結菜が潤の方を向く。

「けど?」

「結菜の方が、綺麗だよ」

「え…」

 潤は真っ赤になりながら続ける。また一つ、大きな花が咲いた。

「ずっと好きだった。この気持ちに気付いた時から、ずっと…っ」

「あ……」

 結菜が俯く。結菜は今、どんな気持ちなのだろうか…。

「結菜、付き合ってほしい」

 言葉に力が宿る。顔を上げる結菜。その顔には…、涙と共に、笑顔が浮かんでいた。

「嬉しい。だって、私もずっと、好きだったから…」

 潤の胸に熱いものがわいてくる。潤が結菜の肩に腕をまわそうとしたとき、偏頭痛に襲われた。

「うぅ…っ!」

「だっ、大丈夫?!」

(もうすぐなの…?)

 結菜はそんな思いをめぐらせながら、必死に潤にすがる。

「ねぇ、大丈夫?! 潤っ」

(クソ…っ、こんな大切なときに)

 必死開けた目で結菜を見つめる。瞬間、背筋に悪寒が走った。結菜の身体が透けているのだ。

「ゆい、な…?」

「ごめんなさい、貴方をだましてごめんなさい…っ!」

 ポロポロとこぼれる結菜の涙。その瞬間、潤は何もかも思い出した。結菜は幼なじみじゃない!

「君は、もしかして…?」

 結菜が察して頷く。

「そう、貴方が作ったデータよ」

「やっぱり…」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい…っ!」

 泣いて謝る結菜に、潤は優しく微笑みながら、呟く。

「気に、しないで…。俺、楽しかったから…」

「潤さん…」

「やだな、結菜…。いつも見たいに呼んでくれよ…。『潤』って」

 結菜はハッ、とする。涙を拭いながら、ぎこちなく微笑むと呟いた。

「潤、好きだよ」

 そして、近づく唇。二人はほぼ同時に目を閉じた。

 そして、触れ合う寸前…。結菜は消えた。瞬間、潤の頭痛は消える。気付けばもう、降りる場所にいた――。

 あの係員が扉を開けて驚く。

「彼女さんは、どうしたんですか?」

 潤はその言葉に答えるように、声を上げて泣き、係員にすがった。

「消えたよ! 消えた…っ」

 痛切な叫びをあげた後。潤の意識は途切れた。人々の悲鳴を聞きながら。

 

* * *

 

 そして、一週間後。

 例の一件の真相が明らかになった。

 あの瞬間。潤の頭痛が始まった瞬間。警察がMMGに強制捜査に入ったのだ。そして、少しもしないうちにメインコンピュータが発見され…。電源を落とされた。

 その瞬間、結菜は消えた。そしてキスの距離も縮まることはなく。

「あれは、夢じゃなかったんだよな…」

 そう呟くと、メーラーを開きあるメールに目を通す。

『潤へ。

潤がこのメールに目を通している頃は、私はもう、この世に居ないでしょう。だって私は、プログラムだから。貴方に作られて、貴方と過ごして、貴方に惹かれて…。全ては私の創造主である貴方の望みなのですから』

 潤は込み上げる涙を抑えて続きを読む。

『でも、私は私でいたかった。人間らしい感情を持って生きたかった。でも、それは叶わない私の望み。もし許されるのなら、貴方の…、潤の力で私を人間にしてほしいです』

 キーボードの上に涙がこぼれる。

「俺だって、ずっとそばに居てほしかったよ…っ!」

 遣る瀬無い思いを振り切り、パソコンの電源を落とすと、潤はベッドにもぐりこんだ。そして、夜は次第に更けていき…。

 朝を迎える。何の変哲もない、有り触れた朝。玄関の辺りから声がする。

「潤〜、朝だよぉー」

 願わくば、今度こそ二人が幸せになれますように…。


 

NEXT|
ホーム| INDEX| WEB CLAP |


2009年10月28日:デザイン改修
2009年10月28日:加筆修正