長編恋愛小説>バーチャル・ガール>第05話「思い出をください」

思い出をください



 …ピンポーン。

 朝10時。潤の家のチャイムが押される。押した主を表すように、チャイムの音さえ遠慮がちに聞こえる。

(結菜だな…)

 潤は自分の部屋の窓から玄関の辺りを見回した。そこに居たのは見覚えのある姿。

「おーい、ゆいなー」

 潤の声に気付くと、結菜は辺りをキョロキョロと見回す。そして、辺りに居ないと思うと不安気に漏らす言葉。

「あうう…」

 その呟きが、潤のお気に入りだった。

「上だよ、うえー」

 すると空を見上げる結菜。既に明るく燃える太陽が眩しくて、手で遮りながらこちらを見た。潤の姿を確認すると、大きく手を振る。潤は苦笑しながら手を振り返すと「ちょっと待ってて、すぐ行く!」と言い残し、窓を閉めた。続いて大急ぎで玄関に行き、結菜を迎え入れる。

「おはよう、潤」

 朝一で見る結菜の笑顔はとても眩しかった。

「ああ、おはよ。中入って待っててよ。後歯、磨いてくるから」

「あ、うん。潤の部屋で待ってて良い?」

「おう」

 そういうと、洗面所に向かう潤。その後ろ姿を見守る結菜の表情は喜びに溢れていた。

 

 結菜は潤の部屋に向かい、彼の部屋に入るとベッドに腰掛けた。

(今日が、最後かもしれないよ、結菜。勇気出してっ)

 そう、自分に言い聞かせる。

 少しして、潤が戻ってくる。

「お待たせ。さっ、出てった。俺は今からデート用の服に着替えるんだからな」

「あ、うん」

 結菜が外に出ると、潤は彼女の姿を思い浮かべた。

(黄色いヘアバンドだろ。真っ白のTシャツの上からコート羽織ってたよな。スカートは橙色のロング…。黄色系か)

 潤は結菜のコーディネートに合わせて自分の服を決めていたのだ。

 選んだ服は黄色系と合性が良い(と思う)ブラウンで統一した。鏡で自分の姿を確認すると一言心の中で呟く。

(よし。…コーディネートはコーディネート[こうでないと]。我ながら素晴らしいギャグだ!)

 潤はそんな馬鹿げたことを考えながら、財布と腕時計を握り締めて部屋を出た。

 

「さてと。何処行こうか?」

 潤は思い出したように問う。すると、結菜はぽつりと言った。

「あのね…、遊園地、行きたい」

「遊園地?」

 結菜の思いがけない言葉に、思わず聞き返してしまう潤。結菜は頷いて答えた。

「遊園地か、…いいぜ」

「ホント?」

 苦笑して繰り返す順。

「ああ」

「嬉しいっ」

 二人は微笑み合いながら、この街にある一番大きい駅に向かった。

 

 近づくと、飛び立って行く鳥達。太陽を遮るたびに浮かぶ影は幻想的で、何処となく懐かしい。

「そういえば、ここで俺たち、初めて逢ったんだよな?」

 不意に、潤はあの時のことを思い出す―――。

「え、何言ってるの?」

 ―――そう。何故そんなことを口走ったのだろうか。自分でも分からない。

「…そうだよな。何言ってんだ、俺。…俺達、幼なじみだもんな」

「そうだよ。誰と間違ってるの…?」

 結菜が悲しそうに呟く。

「ごめん、結菜としか最近一緒に居ないからさ…」

「そっか…。うん、私こそごめんね。潤困らせちゃった」

「俺はいいからさ。それより、早速行こうぜ、遊園地」

「うん、ありがと…」

 

* * *

 

 その後、電車を利用して一気に目的のテーマパークに向う。

 電車に揺られて一時間程すると、遊園地に着いた。

その遊園地の一番のアトラクション。恋人達を乗せて揺れる、大きな観覧車である。ロマンティックなライトアップも、夜には華やかに咲くだろう。

「わぁ、大きな観覧車…」

 風邪にそよぐ髪を抑えながら、結菜が呟く。

「さ、さっさと中に入ろうぜ」

「うん」

 潤がそう言って歩き出す。

「あ、待って、潤…」

「ん?」

 潤は少し振り向く。太陽の光が彼を照らして、まぶしいくらいだ。そして、サラサラと軽快に揺れる髪。潤程…、好きになれる男(ひと)は居ない…。結菜は瞬間、そう思いながら言う。

「…手、繋ご?」

 拒絶されていたら、結菜はどうなっていただろう。しかし、二人の気持ちは同じだ。

「あぁ、いいぜ」

 初めて触れ合う手と手。結菜は胸の鼓動が高鳴って、呼吸も出来ないほどに苦しかった。

「さっ、いくぞ」

 引っ張られていく自分の手。その事実に、結菜は幸せをかみしめていた。

 

* * *

 

 園内は程よく人が埋まり、移動には支障ないくらいだ。未だ二人の手は離れない。

「さて、何に乗りたい?」

 潤は優柔不断なので、いつも人の行動に従う。

「えっと…。取り敢えず…」

「うんうん」

「…ジェットコースターに乗りたい」

「え゛」

 潤が一瞬にして固まる。結菜は首を傾げた。

「どうしたの?」

「い、いや。じゃあ行くか」

「? うん」

 少し疑問を感じながら、結菜は潤に引かれてジェットコースター乗り場に向った。

 全長2000mのそれは人気絶頂で運が悪い時には2時間待ちだとか。しかし今日はついていた。ものの数分で乗れたのだ。

 カタカタと音を鳴らしながら、ジェットコースターは天空に向って昇っていく。それにつれて、結菜は笑顔になり、潤は顔が引き攣って行く。

「ねぇねぇ、楽しみだね、潤っ」

「あっ、ああ…」

 声まで震えている。

「どうしたの、さっきから変だよ?」

「きっ、きのせぇだ…っ」

 結菜は首を傾げる。そして前方を見ると、もう上はない。後はまっさかさま。

「あ、もうそろそろだねっ」

「そぉぉぉだなっっ」

 直後、機体が傾く。その刹那、風が身を切る勢いで迫り、悲鳴が上がる。

「キャーーーーーーーーーッ!」

 結菜の歓喜の悲鳴。

「ひっひぃぃぃいいぃいぃいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっっ」

 …潤の涙混じりの悲鳴。それは、この旅の終わりを懇願していた。

「キャーーーーー!」

「○×□▲∵ーーーーっ!!」

 潤は既に錯乱状態。発している奇声を聴いて、結菜は笑うだけだった。

 

 やがて、恐怖の時間は終わり…。

「楽しかったねぇ、潤♪」

「そぉね…」

 げっそりとした声で潤が呟く。

「…もう一回、乗る?」

「イヤぁーー!!」

 潤はジェットコースターに拒絶反応を示すほどになっていた。結菜が笑う。

 それでもまだ、手は離れないでいた――。

 

 それから二人は様々なアトラクションを巡った。観覧車を残して全ての乗り物を制覇出来たのは神様のおかげだろうか。

 既に、日は傾いていた。真っ赤な夕焼けに染められながら、二人は今、オープンカフェに居る。

 コーヒーを飲みながら、今日一日を振り返る二人。

「ふぅ…。今日は散々な一日だったな」

「どうして?」

「誰かさんのおかげで沢山の恐怖体験が出来たから」

 結菜は最初、キョトンとした表情を見せたが、次第に怒りを帯びた表情になる。

「誰かさんって、私?」

「いやいや、まさかそンなことはないですよ」

「馬鹿にされてるみたい」

 潤は手を振り、そして笑う。

「あはは、ごめんごめん! 楽しいばかりの一日だったさ」

「ホント?」

 潤のたった一言で表情が変わる結菜。女の目。潤の顔を捉えて離さないその視線。結菜の瞳に写る潤は赤くなっている。決して、夕陽のせいではない。

「ああ、本当さ」

「…だったら、良かった」

 結菜の笑顔に心奪われて、見つめてしまう自分に気付き、潤は視線を逸らしてそのテーマパークのマップに目を預けた。そして、めぼしい話題を探すとこれを見つけた。

「あ、結菜。こんなイベントがあってるぞ」

 潤の強引な話題変更に付き合う結菜。

「どんな?」

 潤はその文を読み上げる。

「『夜空から見渡すテーマパーク。恋人達の観覧車』?」

 語尾の『恋人達』に強く反応する潤。結菜を見上げると、既に赤くなって俯いていた。

「あっ、ごめん…」

 潤の言葉に結菜は顔を上げる。

「うんん、いいの。別に…イヤじゃ、ないから…」

「え…っ、今なんて?」

「べっ、、別に! なんでもないの!」

 潤は聞き返していたが、しっかり聴いていた。そして悟る。――気持ちは同じ。

(俺で、いいのかな…。だったら―――)

 潤が気持ちを固める。

「じゃあ、これが始まる時間まで何しようか?」

「…じゃあ、あの噴水の近くに居ようよ」

 結菜が指差した場所。キラキラ煌く噴水。

「そうするか。さっ、行こうぜ」

 差し出した手。結菜は戸惑いもなく握り返した。

 強く繋ぎあった手と手は離れることがないように思う。

 観覧車のイベントまで、もうあと一時間待つだけ。二人は噴水に駆け寄って子供のように遊んだ。


 

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2009年10月28日:デザイン改修