長編恋愛小説>バーチャル・ガール>第04話「日常」

日常



 有り触れたこと。例えば、朝起きて顔を洗い、歯を磨く。食事をする。仕事に向かう。そんな日々の繰り返し。それを日常というのだと思う。

「…あのね、潤」

 潤は後ろからかけられた声に振り返る。

「何?」

「私ね、今日部活、休みになったんだ。だから、あの…」

「結菜」

 女の子…、松島結菜は顔を上げる。

「え?」

「俺さ、今日の放課後、CD買うんだけど、付き合ってくんない?」

 結菜は暫し、キョトンとしていたが、やがて置かれている状況を認識すると笑顔で頷いた。

「うん…っ」

 結菜の満面の笑みに、潤は顔を赤らめた。

 

 午後の授業も残り数分。最後の授業は数学。

「え〜、じゃあこの問題を…。松島くん」

「…X=2、Y=5です」

「うん。相変わらず、計算速いですね」

 年老いた数学教師が結菜に笑顔を向ける。

「そんなこと、ないです」

 その言葉を最後に、授業は終わった。

 そんな風景を眺めていた潤はふと思った。

(結菜って、マジで計算速いよな…)

 問題が書き出されてわずか一分。尋常ではない速さだ。…少なくとも、潤にとっては。

「きりーつっ、礼」

「さて、後は掃除だけだな…」

 潤はポツンと一言呟くと、机を下げ始めた。

 

 放課後。潤は玄関で結菜が来るのを待っていた。

「………」

 そう待たないうちに、結菜がやってくる。

「ゴメンね、待たせちゃった」

「いや、別に良いよ。さ、行こうぜ?」

「うん」

 

 街路樹の間を縫って、二人はゆっくりと歩く。

 極自然に。その場所に当たり前に居て、その人と当たり前に並んで歩く。傍(はた)から見ると、何ら変わりの無いカップルかも知れない。…それでいいのかもしれない。潤がそう、願うなら…。

 ふと、街頭のテレビから漏れるニュースを潤の耳が捉える。

『以前から話題の「バーチャル・ガール」というパソコンゲームを製造している会社「MMG」の場所がついに発見されました』

 ―――自分には関係ない。そう頭では分かっていたが、何故だか身体が動かない。むしろ、そのニュースにどんどん引き込まれていく。

「潤?」

「うん…」

『警察では明日「MMG」本社に赴き、サービスの内容などを調べて不正を行っていないか調査する方針です』

 女性キャスターが淡々と述べるニュースに耳を傾けながら、映し出される映像――、「MMG」の会社の外観を眺めている。

「…潤、寒い」

 ハッとして、潤は顔を上げた。結菜の肩が少し震えている。確かに少しだけ、肌寒いかもしれない。

「悪い。なんだかこのニュース、気になっちゃって」

 結菜が微笑んで言う。

「潤、パソコンの話には目がないもんね」

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 二人はまた、並んで歩き出した。しかし、結菜が潤に気付かれぬよう、後ろを振り向く。心配そうな表情を浮かべて…。

 

「潤……」

「あ? 何?」

「明日の予定、何かある?」

 結菜の頬は赤い。

「ん? 別に。明日は一日中パソコンしながらビデオ鑑賞さ」

 へらへらと笑う潤。結菜が熱い視線を送る。その視線に気付いた潤がたじろいだ。

「な、何?」

「え…。な、なんでもない…っ」

 俯いて話を打ち切る結菜。

「変なの…」

 潤は結菜の想いには気付かずに、そのまま歩き出した。

 

 その日の夜。丁度テレホタイムが始まる時間。潤の部屋の、電話が鳴り響く。潤は飛び上がって驚いた。

「わっ?!」

 潤は慌てて受話器をとる。

「はい、舞野ですが…」

「あの、私、結菜ですけど…」

「あれ、結菜?」

 受話器の向こうにいる結菜が胸を撫で下ろす情景が浮かぶ。

「うん。あの、潤…」

「あぁ…」

「………」

「………」

 ―――それから3分、無言のままだった。痺れを切らしたのは潤だった。

「…どうしたんだよ、悩み事か?」

 受話器の向こうでガサガサいっているのが分かる。多分、電話に向かって首を振っているのだろう。

「違うの。あのね…」

 息を呑んで、結菜は覚悟を決めたように話し始めた。

「明日、潤暇だって言ったよね?」

「え? あ、ああ…」

 潤も思わず首を振る。

「あの、あのね。…私も暇だから。…でっ、デート…、しないかなぁ、と思って…」

「デート?」

「うん…っ」

 潤は内心、非常に揺れていた。あの内気な結菜がまさか自分からデートに誘うなんて―――。

「…私とじゃ、イヤ?」

 悲しそうな声が伝わってくる。

「いや、全然! いいぜ、デートしよ」

「ホントっ?!」

 OKして貰えると思っていなかったらしく、歓喜の声を上げる結菜。

「ホントにホント?!」

 潤は苦笑しながら「ああ」と答えた。

「ありがとう、潤! わぁ、何着て行こうかなっ」

「はしゃぐなよ」

 なおも笑いながらいう潤。

「だって、嬉しくって」

 声が本当に踊っている結菜。

「さ、じゃあ明日は何時に何処で待ち合わせにする?」

「えっとね、私が潤の家に行くよ。…朝の9時くらいは良い?」

「え、そんなに早く?」

 潤がそう問うと、結菜はごにょごにょと何かいった。聞き取れず、潤は「何?」と問い返す。

「うんん、何でもない! じゃあ、10時は…?」

「まぁ、10時なら」

「うん。じゃあ明日の朝10時、潤の家で」

「OK」

 二人はお互いにバイバイ、といって受話器を置いた。

(明日朝、10時か…。目覚まし…)

 潤は目覚ましをセットすると、メールチェックだけを済ませて早めに寝ることにした。あまりの嬉しさに、睡眠が邪魔される可能性があったからだ。

(明日は結菜とデートか…)

 浮き足立った心はもう止まらない。潤の妄想は徐々に膨らんでいった。


 

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2009年10月28日:デザイン改修