長編恋愛小説>Love's Form〜愛の形〜『虚像』>第01話「出逢いは多分偶然じゃないから」

出逢いは多分偶然じゃないから



 木洩れ日も眩しくて、左手でそれを遮る。少し長めの髪が風に踊る。

 少女は何処か悲しげで、何かに怯えているような感じだった。

「………」

 少女は黙ったまま、木の幹に手を触れて、優しく撫でる。幹が少し、透けて見えるのは何故だろうか?

「私、もっと、お話がしたい…」

  初めて少女は口を開いた。良くとおる澄んだ声だった。そんな少女の願い。

『もっと、話がしたい』

  切実な願いを、木の幹はそっと聞き入れているようだった。

* * *

  昼休みといえば、『彼』の楽しみにしている時間だ。何故なら、うっとうしいクラスメイトから解放され、自分の時間が持てるからだ。

  今日も彼、吉田馨(よしだ かおる)は、本屋で買った小説一冊を持ち、『いつも』の場所へと向かった。

  毎日小説をこの時間に読むのが馨の習慣だ。

  さて、馨はその場所に着くと、当然のような顔でベンチに腰掛け、ゆっくりと表紙をめくった。その瞬間の顔は、いつものような冷静な顔はなく、少年のように輝いている。

『夢から覚めたら』。それが、馨の持ってきた小説のタイトルだった。

  数分後、馨はすっかり小説の世界にはまっていた。次のページ、次のページとめくり続け、読み終えたときは、初めから約1時間後のことだった。とっくに5時間目が始まっていたが、馨は小説の世界の感動の余韻に浸っていた。背伸びをし、ふと前方を見ると、木の下に少女が立っていた。といっても、馨とは同い年だろうか。馨は彼女を視界から消すことが出来なかった。あかの他人をこれだけ見つめたのは、初めてだろう。今まで、自分以外の人間など、気にも止めなかった。自分以外の存在はうっとおしい。軽軽しく声をかけられるだけで、ストレスが溜まりそうだった。

  しかし、今の馨はどうだろう。彼女とコミニュケーションが取りたいという欲求さえ表れた。馨自身も、この心境の変化に気付いたが、認めようとしていない。自分に限って、異性に惹かれるなどということはない。そう言い聞かせている。

  自分に言い聞かせるように、目をつむり、頭を振った。そして、前方を眺めると、そこにはもう、彼女の姿は無かった。

  見間違い? 幻想? 欲求? いや、違う。確かに馨の前方には女性が居た。あの一瞬で消えてしまうなんて…。やはり先の女性は、馨が作り出した幻想なのだろうか。

* * *

(…また、居る)

  今日も連日通り例の場所に来ているのだが、やはり、昨日いた彼女は今日も居た。見間違えなんかじゃなかった。馨は心の何処かで喜んでいる自分に気付き、自制した。

  ゆっくりと、自慢の知能を使って考える。

(まず、落ち付け…。もう一度、見てみろ。)

  そっと眺めて見る。彼女は確かに、そこに『存在』していた。馨は迷ったが、彼女に近づいて声を掛けた。

「あの…」

  彼女はびくっ、と震えたが、馨の顔をじっと見つめて、恐る恐る馨に問い掛けた。

「私のこと…」

「えっ?」

  馨が聞き返すと、少しためらった彼女は首を振って「ううん。やっぱり、いい」といった。馨が首を傾げる仕草をすると、彼女は微笑んで言った。

「…私、仲里 歩(なかざと あゆみ)。あなたは?」

「…俺、吉田馨」

  馨は答えた。歩はそれを聞くと、満足そうに微笑み、視線を落した。その視界には、馨が読んでいた本「大空の彼方へ」を見付けた。

「それ、『大空の彼方へ』でしょ? 私も読んだ」

  馨は歩に、本の話題をふられ、その表情に活気が出た。

『空の彼方へ』。最愛の人を亡くし、廃人となってしまった女性の死までを描いた作品だ。

「うん、今読み終えたんだけど、面白いね。…そこのベンチで、座って話さない?」

  いつもの馨にない積極的な行動。歩は微笑んで頷いた。

* * *

「…死の直前に、逢いにきた森本(本の男性主人公)くんみたいになったら、どう感じる?」

  馨は本の中の世界のことを、自分のことのように話してきかせた。歩も体験した世界のことを、他の人の考え方で語られると、そこに出来る少しの受け取り方の違いとかが出てきて、面白くなり、熱心に聞いている。

「それ、私が森本くんのようになったら、ってこと? それとも、明美さんのように、死の直前に逢いにこられたら、ってこと?」

  馨は少し苦笑していった。

「森本くんのようになったら、ってこと」

  歩は一呼吸置いて、ゆっくりと話始めた。

「…私だったら、必ず逢いにいく。看取ってくれた人を、自分が看取るっていうのも変な感じがするけど、それって、相手をどのくらい想っているか、ってことになると思うの。強く想えば、強く想うほど死んだって、逢いたいって思うと思うの」

  馨は静かに、真剣な表情で頷いた。歩は少し、微笑んで続けた。

「でも、死後がどうなるかなんて、生きている私達には分からない。だから唯、願うの。逢えますように、って…」

  歩が話し終わると、馨は少し、興奮気味にいった。

「すごいよ、仲里さんっ! そこまで自分の意思を持ってるなんてっ!!」

  そういう風に喋る馨を見て、微笑み、今度は逆に聞き返した。

「…じゃあ、馨君は、明美さん(本の女性主人公)のようになったら、どうしたいの?」

  予想外のことを聞かれて、馨はしばし、思案した。やがて、ゆっくりと語り始める。

「…俺も、多分逢いたいと思う。最愛の人に看取られて死ぬっていうのは、『死』の恐怖を無くしてくれる、最高の力だと思うから…」

「だから、2人はあんなに不幸でも、幸せそうに死んでいったんだね。空の彼方に…」

  2人は見詰め合い、やっくりと頷きあった。

「…明日も、会えるかな?」

  馨は恐る恐る聞いた。歩は笑顔で「うん」と答えた。馨は内心、ほっとして言った。

「じゃあ、また明日。この場所で」

  歩は頷くと、手を振って、馨と反対側の方へ歩き出した。馨も立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。ふと、彼女の後姿を確認したくなり、振り向いた。しかし…。

「…あれ?」

  歩の姿はもう、何処にもなかった。

「走るの、速いんだな…」

馨はだれもいなくなった中庭を見渡して、そう吐いた。


 

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2009年10月28日:デザイン改修