長編恋愛小説>鏡の中の恋人>第01話「プロローグ・前編」

プロローグ・前編



 真夏の空の下。彼女は帰路についていた。

「はぁ、暑い…」

 セミの鳴き声もこだまし、イヤと言うほど耳にまとわりつく。ここで彼女、和輝真琴(かずき まこと)は、近くの喫茶店に入った。そこは彼女のお気に入りの場所、喫茶『コーヒー』だった。

 一番奥の席につくと、男のウェイターが水を持ってきた。そのウェイターの顔を見たとき、真琴はハッとした。

「いらっしやいませ…」

「あっ…」

 そして、思わず声を漏らした。ウェイターは気になったのか、真琴の顔をちらっと見て、気が付いた。

「あっ…」

「俊?」

「真琴かっ?!」

 久しぶりだなぁ、と、俊が話しかけていると、店長が大きな咳払いをした。『俊』と呼ばれた男はハッとして、

「ヤベ…。もうちょっとでバイト終わるから、それまで待っててくれないか?」

 真琴はとまどったが、無言で返事をした。『俊』がカウンターに帰ったあと、真琴は彼の事を回想していた。


* * *


 あれは、中学の時のことだった。

 真琴は雨の中で、泣きながら濡れている、捨て犬を見付けた。真琴はしゃがみ込み、犬が濡れないよう、傘を傾けた。

「…お前、捨て犬かい?」

 子犬は雨に濡れ、泥で汚れて醜かった。そんな子犬は、真琴を見て、嬉しそうに尻尾を振りながら、クゥ〜ン…。と泣いていた。真琴は子犬の頭を撫でながらいった。

「…ごめんね。家、犬は飼えないんだ…」

 子犬はそんな言葉が理解できず、なおも真琴に泣きかけた。真琴は困ったが、やはり、置いて行くほかなかった。それでも真琴は気になって、子犬に「ちょっと待っててね」といって、近くのスーパーに走り込んだ。

 真琴はお小遣いからドッグフードを買って、またあの子犬のもとに戻って行った。しかし、その子犬のもとに着くと、一人の男が居た。同じくらいの年だろうか? 真琴は思わず声を掛けた。

「…あの」

 男は気付いた。真琴の姿を見るなり、にっこりと微笑んで言った。

「…君が、この子を育てるの?」

 真琴はそんな彼を見て「…家、犬飼えないから…」と答えた。男は笑って

「そっか。じゃあ、俺が拾うよ」といい、子犬を抱きかかえた。真琴は去ろうとするその男を呼び止めた。

「…あのっ!」

「ん?」

「これ、その子にあげてください」

 真琴は、ドッグフードを差し出した。男は素直に受け取り「ありがとう」といって、帰って行った。真琴はその男の後ろ姿を見送った。
それから1ヵ月が過ぎた頃、真琴はあの子犬と、男のことが気になっていた。

「あの人、どうしてるかな…」

 ―――その日の帰り道。偶然あの2人に出会ったのだ。相手も覚えていたらしく、お互いを確認すると、どちらからともなく話しかけていた。
「やあ、久しぶり」

 相変わらず、笑顔が似合っていた。真琴は自然と笑顔になり、「こんにちは」と挨拶をした。

「ちょっと、時間あるかい? 本当に、少しなんだけど」

 真琴は迷わず頷いた。

………

「浅葉、俊和さん?」

「そう。君は?」

「真琴。和輝真琴」

「そうか。良い、名前だね」

 ありきたりの誉め言葉でも、面と向かっていわれると、嬉しくなった。

「…あの、子犬は元気?」

「うん、もうずいぶんでかくなったよ。見に来る?」

 真琴は時計に目を向けた。まだ、時間は十二分にある。また、真琴は頷いた。

………

「うわぁ、おっきくなったねぇ」

 子犬はずいぶん見ないうちに大きく成長していた。

「あの時和輝に貰ったドッグフードが効いたのかな? でっかくなったよ」

 真琴は吹き出した。たかがドッグフードで成長が早くなるわけがない。

「えっ? 俺、なんか変なこといった?」

 ちょっと困った顔をしていた。そんな俊和に、真琴は次第に心を許して行った。

「ねぇ、和輝さん…」

「ねぇ…『真琴』で良いよ」

 俊和は笑って

「そう? じゃあ、俺も俊でいい」

「うん…」

「真琴。俺達、友達だよな」

 真琴は面食らったが、すぐに微笑み「うん」と答えた。

………

 それからは、お互いに良く会うようになった。一緒に歩いていると、他人からは『恋人同士』に見えたかもしれない。真琴は、それでも良いと思っていた。俊は優しかったし、格好も良かった。真琴は俊に恋していたのだ。

 そんなある日、真琴と俊は並んで歩いていた。すると、向こう側から女の人が歩いてきた。俊は立ち止まり、大きい声でその人を呼んだ。

「おおぉ〜い、香織ぃ〜っ!!」

 真琴は首を傾げた。俊が『香織』と呼んだ人物は、こちらに向かってくる。

「俊ちゃんっ!!」

「香織、紹介するよ。彼女があの子犬の第一発見者、和輝真琴さん」

 真琴は訳もわからず、流されて頭を下げた。香織もそれを見て、挨拶をする。その光景を、俊は満足そうに眺めていた。

「良かった。真琴にちゃんと紹介しなきゃ、っと思ってたんだよ。僕の彼女、結城香織」

 真琴はショックを受けた。恋に気付いた瞬間、失恋するなんて…。と心の中で嘆いていた。

「そうだ、私、用事があるの、忘れてたっ!」

「…えっ?」

「ごめんね、俊和君。じゃあ…」

「えっ? 真琴?」

「…さよなら」


* * *


「やあ、お待たせ」

「………」

 真琴は無言で頷いた。忘れていた、辛い過去を思い出したからだろうか。俊とのあの事件まで。思い出さなくても良かったのに…、と、真琴は思っていた。

「ここ、出ようか」

 また真琴は、無言で頷いた。


* * *


「あの時は、本当にごめん。俺、本当に鈍感だったから…」

「もう、すんだことだし…」

 まだ傷が癒えないのか、真琴は涼しげだった。俊は少し溜息をつきながら言った。

「俺、別れたよ。香織とは…」

 それを聞いて、真琴はえっ?! という顔をする。俊は続けた。

「もともと、年が離れ過ぎてたし、性格の不一致もあったんだよ。仕方ないさ」

 といって、また溜息をついた。真琴は複雑な気持ちだった。

「今日、遅くなっちまったな。送るよ」

「えっ?」

「いいだろ、その位…」

「…うん」

 真琴は小さく頷いた。


* * *


 真琴が家につくなり、雲行きが怪しくなり、そしてついには、雨が振り出した。それも、強くなっている。

「うわぁ、良かった…」

 真琴はそう吐いて、部屋に着くなりベッドに倒れ込んだ。

 鏡はその時、不気味な光を発したのだった…。


 

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