長編恋愛小説>Lostin' World>第05話「消え行く世界(12月25日)」

消え行く世界(12月25日)



 辺りは騒然としていた。

 店は破壊され、原型を留めない。辺りでは悲鳴がこだまし、耳をつんざくほどの轟音が流れている。

 達也は奈美の手をしっかりと握り、放さないようにした。少しでも油断すれば、二人が標的となることはない。この混乱だ。誰が何をしても、収拾がつかない。悲鳴の大半は―――。

「きゃっ!」

 奈美の左腕を掴む男。無精髭を生やし、奈美の身体を舐めるように見て、ニヤニヤと笑っている。

「うせろ!」

 達也は男のみぞおちに一発入れると、男はもろくも崩れ去った。奈美が頬を染めて言う。

「…達也、ありがとう」

「さぁ、行こうぜ」

 達也は再び「綺麗なものが見える場所」へと向かった。

 

 途中、何度か奈美が狙われたが、全て達也の手によって守り抜かれた。

(達也、強くなったね…)

 奈美は達也に感謝した。

(いつも本ばっかり読んでて…)

 急な坂道を駆け上る。

(無口で…)

 やがて、空が開けてくる。いままで見たこともないくらい―――。

「綺麗…」

 二人の頭上に広がるのは、深い青の、黒い夜空。一つの大きな光と、小さな星たちが輝きあっている。誰が一番綺麗か、競っているように…。

(でも、優しかった…)

「これを、奈美に見せたかったんだ…」

「…うん」

 二人は静かに、星空を見上げた。

「達也、アレ…」

 奈美がこわばった口調で、恐る恐る指差したのは、一つの大きな光。そう、あの隕石…。

「あれ、かな。私達を…」

「奈美!」

 奈美はとどまった。達也は奈美を見つめた。

「…あと、2分か…」

 その呟きを最後に、奈美は達也の腕から時計を外し、遠くへ投げ飛ばした。

「おい、奈美…っ」

 奈美は達也の唇を、自分の唇で塞いだ。達也は一瞬、躊躇したが、目を閉じていった…。

「………」

「………」

 そして、そっと唇が離れていく。二人は見つめあい、悲しい微笑みを浮かべた。

「もう、これで…。二人の時が、止まればいいのに…」

 奈美の悲しい微笑み。達也は強く抱きしめた。目を瞑る奈美。少し、目を開けたとき…。

「―――っ!」

 そう、もう光はすぐそこにあった。達也も気付き、光に向き直る。

「どうやら、本当に終わりみたいだな…」

 奈美はその呟きに、この言葉を発した。

「達也っ!」

「?」

「ずっと、ずっと…っ」

「………」

「好き…、でしたっ!」

 達也は涙を流しながら、本能的にキスをした。夢中で、何も考えず、ただ奈美を見て…。

「奈美、俺も―――っ」

 

 一瞬の閃光だった。

 辺りはただ、黒く焼きただれた大地と、その上に転がる無数の死体。原型が分からぬ程に何もかもが消えうせていた。

 人が作り出した建物はほぼ空気となり、人もまた、奇妙な匂いがする死臭を残し…。

 光が降りた瞬間、辺りは静かだった。何も感じることもなく、光に焼かれたのだろう。神の最後にくれたご加護。痛みを感じることなく死ねる。そんな最後は無情だ。

 生存者はいないだろう。この真っ黒にただれた地上には。例の地下施設も、もう存在はしない。何故なら、地下施設の真上にあの隕石は落ち、今ではそこに、ぽっかりと穴があいているのだから…。

 辺りは今までの高温が信じられないくらい寒かった。多分、マイナス何度のうちに入るだろう。

 強い風が狂うように唸り、黒い物体を風化していく。

 達也たちが居た場所もまた、辺りと変わらぬ風景だ。それに、達也の家の周りも…。

 そう、誰も生きているはずがない。かりに生きていたとしても、生き抜く術がない。

 耳をすましてみる。風の唸る音しかしない…。

「ピーーーー」

 不意に、電子音がなる。その場所に向かってみる。

 達也が生前、住んでいた場所だった。その場所に、唯一存在していたもの。それは、達也の電話だった。今、何かの反動でスイッチが触れたのだろう。

 奇跡的に無傷だったその電話は、留守番電話の再生に入る。

「午前11時2分です。再生します…」

 人間の声に、非常に近くなってはいるが100%ではない。ザー、という雑音に紛れて奈美の声があたりに響く。

「達也っ、もう寝ちゃったみたいだね!」

 死んだ者の声が聞こえる。辺りでは、黒い物体がかすかにうめき声を上げた。

「現在夜の1時です♪ もう、今日がデートの日なんだね! 楽しみだなぁ…。あの、私からのお願い! もし、明日私が『好き』っていったら…。キス、してください! じゃあ、今日の9時にもよろしくねっ♪」

 留守電の再生が終わると、もう音を生み出すものは何もない。

「…奈…美………」
 
 
 そして世界は、終わりを告げた。


 

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2009年10月28日:デザイン改修