長編恋愛小説>Lostin' World>第01話「リセット(12月21日)」

リセット(12月21日)



「えぇ〜、本来、季節は四つ、存在していました」

 白髪の老人が多数の生徒の注目を浴びながら語る。

「…春、夏、秋、冬。それらを合わせて『四季』と呼び、それぞれの季節に独特の娯楽もありました」

 懐かしむように目を細める。生徒は全員、真面目に聞いている。皆半袖の制服に身を包んで。

「…それが、2023年の夏から狂い始めたのです」

「………」

 生徒は無言で相槌を打つ。

「その年の夏が終わりを告げました。しかし、秋と呼ばれる九月、十月になっても気温は下がらず、全世界に衝撃が走りました。しかも、気温は毎日変わらず30度を記録し、連日の猛暑」

 カレンダーに目をやる。12月。もうとっくの昔に肌寒い季節のはずだ。しかし、蝉の鳴き声があたりにこだましている。

「国際会議を開いても解決はしませんでした。しかし、分かったことはあります」

 白髪の老人は続ける。

「――大気汚染です。車の排気ガスがその代表的なものですね」

「しかし、その年の10年前から、ソーラーカーの普及が始まっていたのではないですか?」

 一人の生徒が意見する。老人は穏やかに微笑み、答えた。

「手遅れだったんですよ。…通常、排気ガスなどがオゾン層に辿り付くのは10年と言われています。つまり、2013年には、手遅れの状態だったのです」

 皆、納得したように頷き、ノートに書き留めていく。

「皆さんもご存知のように、町の木も、もはや数を数えられるくらいに減りました。私達が木を切り、紙や家を作ったからです。そして、植樹をしなかった――」

 一層、蝉の鳴き声が際立つ。

「神は私達におっしゃっているのです」

「…どのようにですか?」

 老人は冷静な声で答える。

「『自分で蒔いた種は、自分で刈れ』と…」

 その言葉を聞いた瞬間、一人の生徒が反応した。その生徒の名前は浅倉達也(あさくら たつや)。人一倍、環境、いや、地球に対して心配している男だ。

『「自分で蒔いた種は、自分で刈れ」か…。つまり、神はもう、自分では何も出来ないんだな…。いや…、一つだけ残っているか…』

「…リセット」


* * *

 
 喫茶店の一角に、達也は居た。お気に入りの本を片手に、コーヒーをすする。この時代では、飲み物が無料になっている。その代わり、入店には10ドルが必要だ。この制度と共に、自動販売機の使用は廃止された。

 何故、円が廃止され、「ドル」を使用するようになったのか。それは…。

 ここはもう、日本ではないのだから――。

『…昔の日本は、円という単位の金を使っていたのか…』

 達也は本を読みながら、昔の日本が歩んできた歴史について考える。

『2000年1月1日。0時0分0秒、ロシア核兵器制御システムに使用していたコンピューターが暴走。誤作動を起こし、米国に攻撃…』

 コーヒーを再度すする。

『Y2K(俗に言う2000年問題)だな…。米国、その直後に反撃、か…。何をやっているんだ』

 周りには誰もいない。ウェイトレスも店の奥にひっこんでいるようだ。静かなバラードが唯一の「音」だ。

『…米国、日本に助力の要請…。日本、受理…。成る程…』

 そう。そして、ロシアへの集中攻撃。ロシア、最後の核爆弾を発射。その直後、ロシア消滅。そして、最後に発射した核爆弾は、日本大陸に直撃…。その殆どを消失。

 米国、戦の勝利を日本に感謝し、そしてほぼ全土を失ったことを遺憾に思い、米国全土の内3分の1を「日本国領土」として贈呈。そして、今達也が住んでいるこの町も――。

「元はアメリカ領土、か…」

 これが、ドル使用になった理由だった。

 その時店の前の、入室許可書を買う人影があった。やがて、電子ドアが開く音がする。

「………」

『まぁ、俺には関係のないことだ』

 また、目を本に落とす。やがて、厳重なロックをしていた電子ドアが開き、その人が入ってくる。

 何故、喫茶店でここまで厳重なロックをするのか。

 それは、例の日本領土消失により、円が無効となり、日本人も従来より生活が厳しくなったから。貧しいのに、銃などの兵器は充実し、誰でも手に入れることが出来る。そんな警備体制だから、強盗などの犯罪が増幅する。

「ねぇ、達也」

「………」

 達也は本に没頭していて気付かない。

「…達也?」

 まだまだ。その声の主はいいかげんにキレた。

「…たぁ〜つやっ♪」

 その右手には鈍器(ガラスで出来ているあの分厚い灰皿)。

「…冗談だ」

「まったく…。だろうと思ったよ。こうでもしないと達也、私を無視するんだもん」

「ああ、悪いな。奈美」

「…ホントだよ、もう…」

 彼女の名前は香川奈美(かがわ なみ)。達也の幼なじみだ。

 奈美は呆れつつ、達也の向かい側に座ると、ウェイトレスを呼んだ。次々にショートケーキとオレンジジュースを頼み、また達也に話かけてくる。

「ねぇねぇ、何読んでるの?」

 奈美が覗き込むように本のタイトルを見て、ため息をつく。

「『Y2K』か…。それ確か、この前発売された歴史書だよね…」

 セミロングの髪を耳にかける仕草。それが奈美の癖だ。

「…学校以外のところで勉強して、楽しい?」

「ああ」

 戸惑いなく答える。

「私、邪魔?」

「いや」

「…良かった。でもさ、達也って相変わらず…」

「ん?」

「淡白だよね」

「まあな」

 なんて、いつもの会話。

「今日は機嫌が良いみたいだね」

 と、奈美。そう、達也はこれで、機嫌が良いほうなのだ。達也は教科書から目を逸らさずに答える。

「そうか?」

「そうだよ」

 ショートケーキとオレンジジュースが運ばれてくる。奈美は軽い会釈を交わす。ウェイトレスが戻る。

「………」

「………」

 二人とも、無言で過ごす。というか、奈美がもくもくと食べている。達也は相変わらずだ。

 そうして、時は過ぎていった。

「さてと、帰るか…」

 達也が立ち上がる。すると、奈美もそうする。店を後にする。

 ちなみに、入店の際に10ドルを払っているので、それ以上は請求されないのだ。

「…せっかくだし、送ってやるよ」

 達也が言う。奈美は満足そうに微笑んで言う。

「ありがとう」

 

* * *

 

「もう、だめなのか…?」

 首相が、青ざめた顔で聞き返す。

「…はい…」

「…で、残り時間は?」

「あと…」

 壁に埋め込まれている巨大時計に目をやる。

「96時間、です…」

 首相は首を振る。

「あと、4日か…」

「市民には、どのように…」

 首相は俯いたまま言う。

「どうせ助からないなら、知らせないでおけ。…最後の人生は、分からないほうが良い…」

「…各国への通達は…?」

「どうせ知らせなくったって、死んじまえば分からないんだ…ほおっておけ…」

「しかし、米国に通達しておけば、何か秘策が…」

 首相は少し考えていう。

「そうか…。藁にもすがる思いとは、よく言ったものだな…」

「では、通達しますよ…」

「ああ、神よ。ここまで続けていた歴史を、今断つなんて、あんまりです…」

 困った時の神頼み。藁にもすがる思い。

 窮地に立たされた人間は、どの時代でも変わらないのであった。

 そして、人類に残された時間は後4日…。

 
 一体地球に、何が起こるのだろうか…?


 

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2009年10月28日:デザイン改修
2005年08月14日:加筆修正及びデザイン変更