長編恋愛小説>二人のDistance>第02話「今日と言う日を素直に-壮大な計画-」

今日と言う日を素直に

-壮大な計画-


 久川瑛は、あの所謂「あけおめ」メールを送信した日から、取りとめのないことでも中川達也とメールをするようになった。

 この間なんて、瑛は友人の古藤海姫にも内緒でバレンタインのチョコを達也に手渡した。翌日の二人の態度の、微妙な変化を敏感に感じ取った海姫は、その夜瑛を問いただして白状させたのは言うまでもないが…それらはまた別のお話。

 世間ではいよいよ冷たい風も吹かなくなって、割と薄着をしても平気になり始めた三月二十九日。夜。

 瑛は、瑛にとって壮大な、嘘の計画を構想していた。その名も「エイプリルフールの四月一日にお花見を皆ですると偽って達也くんを呼び出して二人っきりのデートをしよう」作戦。通称「四月決戦」

 瑛は思いついた時からメールをしようかどうか悩んでいた。メリットだけ考えればこれほどおいしいことはない。

 二人っきりでデートが出来て、その上桜が綺麗だからって二人で見上げちゃって、どちらからともなく同じことしているお互いに気付いて笑いあって、そして…。

「〜!」

一人声のない悲鳴を上げる瑛。

 しかし、またデメリットが重く彼女にのしかかる。

 理由がどうであれ嘘をつくことに変わりはないし、それによって達也から嫌われてしまう可能性もある。

しかしそこは四月一日、エイプリルフールということで許してはもらえないだろうか、という淡い期待も抱ける。

道は二つに一つ。二者択一。取捨選択。

しかして瑛の決断は。

「…何事にもリスクはつきものよね!」


 決行だった。


 * * *


 達也はその時、アルバイトが終わって漸く部屋に戻った所だった。

 鍵を開けて部屋に入り、また鍵をかけたところでポケットの中のケータイが振動する。

 達也は折りたたみ式のケータイを慣れた手つきで開くと、メールの送信者を確認して口元を緩めた。

 それはクリスマスパーティの日にやっとケータイのメールアドレスの交換をして、仲良くなった久川瑛からのメールだった。

 バレンタインやホワイトデーの出来事も瞬間脳裏をかすめたので口元だけでは飽き足らず頬まで緩んできた。

 だから達也は意図的に口を結んで先程受信したばかりのメールを読む。タイトルは「お花見」文末には音符のマークがついている。
『夜遅くにごめんね、瑛です!

実は四月一日に海姫とお花見をしようって話になってるんだけど、達也くんも暇だったら一緒にお花見しませんか?! ほら、大勢のが楽しいと思うし! 良かったら私までお返事下さいな』

 そして、文末にまた音符のマーク。

 達也は瑛の笑顔を思い浮かべて、やはりまただらしなく顔を緩めるのであった。


* * *


 三月三十日。達也にメールを送った五分後、瑛の元に達也からの返事が届く。

 瑛は聴き慣れた着信音を遮るように受信したメールを開く。

『勿論参加させて貰うよ。詳しいことが決まったらまた教えてね。楽しみにしているからね』

 そして文末に音符のマーク。

 もう目も当てられないが、しかし瑛は感動していた。普段メールで記号とかマークとかを余り進んで使わない達也が、文末に自分と同じ音符を使ってくれた。

 それだけで自分がすごく特別な存在になったようで胸が弾む。そしてメールの内容もまた嬉しい。

 達也にはちょっと後ろめたいけれど、計画の第一弾は成功したことになる。

 瑛は早速ステップツー、第二段階に進むことにした。


* * *


 瑛が達也へのメールの返信を書いているその頃、海姫はあるメールを受信した。

『遅くにごめん、一日の花見のことだけど、瑛ちゃんってダメな食べ物とかある?』

 一日? 花見?

 海姫は達也から受信したメールを読んで首を傾げた。

「何の話だろ?」

 海姫は即座に返信する。


* * *


『メールする相手間違ってない?』

 先程メールをした古藤海姫から来た早速の返信は達也の期待したそれとは全く別のものだった。

 推察するに、海姫は達也がメールを送る相手を間違えたのでは、と言っている。

『いや、海姫宛で間違いないけど』


* * *


「えーと、こんな感じかなー」 

 瑛はそんなことが起きているとはつゆ知らず、呑気に今しがた書き終えたメールを読み返していた。

『良かった! じゃあ十時に駅前で待ち合わせってことで大丈夫かな? 都合が悪かったら言って、集合時間変えるから!』

 よし、と頷く瑛。気配りの出来る女だということをさり気なくアピールすることも忘れていない完璧なメールだ。

 と、ひとしきり自己満足して微笑む瑛だった。


* * *


 私宛で間違いない? となると花見って…。

 海姫は持ち前の明晰な頭脳を高速回転させる。

 今ある情報を全て並べてみる。

 四月一日。花見。瑛。達也。私。

 暫く唸っていたが、すぐにその答えは出る。

「…瑛ったら」

 笑いを堪えながら、海姫は早速達也へメールを送信した。


* * *


 二通のメールを同時に受信した達也。一通は瑛から、そしてもう一通は海姫からだ。

 瑛のメールを読み、とりあえず返信は置いておいて海姫のメールを読む。

『花見ね、すっかり忘れてた。一日だったねぇ。瑛は特に嫌いな食べ物なんてなかったと思うけど。何で?』

 達也はとりあえず海姫への返信を書く。

 何だ、やはり海姫が忘れていただけなのか。

 苦笑して感謝のメールを海姫へと送信した。


* * *


 達也から届いたメールには感謝の言葉が並べられていた。

「…よし」

 とりあえず、誤魔化すことが出来た。

 しかし、瑛ってば計画が浅すぎ。まずは友達に根回しするのが先決なのに。

 海姫は、怒りは感じなかった。ただ瑛のやろうとしていることの大体を推察して、それが小さな子供がする悪戯のように、何処か不完全で、だから笑っていた。

あどけなさ、と言ったらやはり瑛は怒るだろうか。

 けれど、その不完全な部分を補った私の功績は評価されるべきだ。

 と、海姫は自分の中で結論付けてベッドの中に移動した。

 そして目を瞑る。と、瑛の顔が浮かぶ。

 クリスマスパーティーの日、自分が強引に瑛を、達也のところに連れて行って。メールアドレスを交換させて…。年賀メールを届けるように言って…。

 達也に対して、何をするにも奥手だった瑛が今、こんなに積極的になっている。

 自分に相談がなかったことは少し寂しくもあったが、それでも瑛が積極的になってくれたことが嬉しかった。

* * *

 瑛は素直に達也とメールのラリーが続いていることが嬉しかった。待ち合わせ時間は変更なし、それだけでやり取りは終わると思っていたのに、他愛もない話だけど、メールは続いている。

お花見楽しみだね。瑛ちゃんは今まで花見ってしたことある?

 それがこの年にもなってまだ一回もしたことなくて…。

 俺も花見ってしたことないよー。

 と、いう具合に、専ら花見が話題で、罪悪感がちょっとだけ疼くけど、それより達也とメールが続いているその事実の方が嬉しい。

 早く一日にならないかなー。

 瑛はありったけの想像力を生かして二人だけの花見を思い描いた。
 と、また達也からの返事がきた。

 達也くん…優しい。

 瑛は声にこそださなかったが、素直に喜んだ。

 最後に送ったメールは十中八九ただの独り言だったのに。

 早速、瑛は受信したメールを開いた。

『ホントだねー。海姫なんて忘れてたよ、花見のこと(笑)』

 そこには衝撃的な一文。

「………!」

 瑛はゆっくりとその文が意味するところのものを理解しようと努める。

 海姫が花見を忘れてた? 当然だ、海姫には何も言っていない。…言っていない?

「!」

しまった、と瑛は寝そべっていたベッドから飛び起きた。

 口裏合わせるのを忘れていたなんていう、ベタなオチ。

 今更とは思いつつも、瑛は海姫にメールした。


* * *


 漸く来たか。

 海姫は瑛から届いたメールを読まずに返信する。

『心配しなくて良いよ、お花見いくんだよね?(笑)』


* * *


「流石!」

 瞬間瑛は飛び跳ねて喜んだ。メールをして僅か三十秒で返信。待ち構えていたかのような迅速さにひれ伏して感謝する瑛。

 これで不安材料はなくなった。残すはステップスリー。


 二人きりのお花見。


 

BACK|NEXT|
ホーム| INDEX| WEB CLAP |


2009年10月28日:デザイン改修
2006年08月15日:初出