Christmas Time>2001-2002「Unbalance=二人の好きな人=」>第07話「一人ぼっちのクリスマス/後編」

一人ぼっちのクリスマス/後編



 佳代は一人で家路を辿っていた。冷たくて、乾いた空気が佳代の唇を攫(さら)っていく。

 不意に通学路の途中にある公園の時計が佳代の目を奪った。あれからもう、十数分経っている。

『もう告(い)ったのかな…』

 時計の針がまた、一目盛り分だけ時を刻んだ。佳代はそれから暫く時計を眺めていたが、それが次の時を刻む前に目を伏せて、再び家路を辿った。

 

* * *

 

 丁度家に着いて着替え終わった時、電話が鳴った。

 佳代は慌てて受話器を取った。

「はい、塚原です…」

 受話器の向こう側からは、クリスマスを楽しむ喧騒(けんそう)で溢れていた。瞬間、佳代は悟った。電話の相手を。そして、その予感は当たっていた。いや、間違えるハズがないのだ。

 あの時から―――、小夜が佳代の教室に入った瞬間から、そんな予感がしていたから。

「佳代ちゃん、私! 私…、やったよ! 滝本くんがOKしてくれたの!」

 佳代は、何故か心が穏やかなのを感じた。

「そう…おめでとう」

「うん! ありがとう! あ、でね、これから一緒に出かけるんだ〜、えへへ」

「…そっか」

 小夜ははしゃいでいた。人を疑うことを知らない子供のように。

「でね、一緒にプリクラ撮って、カラオケで歌って、ご飯食べて帰ってくるから、ちょっと今夜は遅くなると思うの! 悪いんだけど、お母さんに適当に話ししててくれないかなぁ」

 受話器の向こう側で、舌をちょっと出して申し訳なさそうにする小夜の顔が浮かんだ。

「解った」

 佳代は短く答えた。

「ごめんね〜、ケーキ買っていくから! あ、じゃあ行って来ます!」

「…いってらっしゃい」

 と、佳代が答えるか否かの内に、電話は途切れてしまった。無機質な電子音が鳴っていた。佳代はどうしてだろうか、受話器を耳から離すことが出来なかった。もしかしたら、向こう側から彼の声が聞こえることを期待していたのかも知れない。あり得ないことだと、解っていながら。

 

* * *

 

 佳代は自室に戻ると、早速鞄から宿題を取り出した。国語は現古漢、満遍なく出題されている問題集。英語は単語から長文読解まで。数学はセンター試験形式のものが課せられていた。

 数学。

 佳代は思い出していた。

 

『どの問題?』

『え?』

『数学なら結構解るから、教えてやれるけど、いかが?』

『…お願いします』

 

 ―――思えば、この時初めて打ち解けて話していたような気がする。

 宿題を机の上に重ねると、目を閉じてそれまでの修司との接点を思い返していた。ほんの僅かしか記憶はなかつたけれど、一つ一つが大切に思える。…愛しさを感じる。

 やがて佳代の思い出は、いつか彼宛に書いた、出せないままの手紙へと辿り着いた。佳代はハッ、として机の引出しを開けた。其処には、記憶通りの手紙があった。封はしなかった。出すつもりなんて始めからなかったのだから。

 佳代は封筒から手紙を取り出して、開いた。其処には佳代自身の切ない想いが記されていた。

「滝本君へ

 突然こんな手紙を書いてしまって、ごめんなさい。直接言うのは…恥ずかしくて私には無理みたいだから、手紙にしました。

 最近学校に行くのがとても楽しみです。それは、初めて滝本くんの隣の席になれたから。本当に嬉しかったんです。私は一年生の時から滝本くんのことが好きだったんです。

 …あの時のこと、覚えててくれてますか。

 入学式の日、式が始まる前にクラスで私が一人だけ馴染めないでいた時、滝本くんが話し掛けてくれたんです。その時の滝本くんは私が具合悪いんだと勘違いしてて、大丈夫? って、聞いてくれたんです。私、あまり男の人と話したことなかったから、慌てて「大丈夫」って答えたら、笑って「良かった」って言ってくれましたね。

 あの時の滝本くんの笑顔が、いつまで経っても頭から消えなくて…、その内、消えて欲しくないって思って、最後には…私だけにその笑顔を向けて欲しいって、思うようになってました。

 人が聞いたら馬鹿みたい、って思うだろうけど、私にとっては大切な思い出。滝本くんを好きになったきっかけなんだもの、すごく大切です!

 だから…良かったら、付き合って欲しいです。私、あまり可愛くないし、一緒いてつまらないかもだけど、一生懸命頑張って、滝本くんにふさわしい女の子になります! 

 だから…、私と付き合って下さい。

From 塚原佳代」

 読み終えて、佳代は気付いた。ずっと気持ちが変わっていないことに。

 誰にも話すつもりはなかった、彼女の恋の始まり。それを、きっかけを作った修司には伝えたいと思っていた。それで、自分の気持ちに応えて欲しいと思った。その笑顔を自分だけに向けて欲しいと思った。

 佳代の気持ちの全てがこの手紙には詰まっていた。全てが。

 佳代はもう一度読み返した。嘘偽りが無かったことを確認したら…佳代はその手紙を再び折りたたみ、封筒の中に封じた。この恋を禁じるために。

 そして、封じ終えて佳代はその手紙を破った。小さくなるまで破った。もう読めなくなるまで。気持ちを思い出せないように、繋がらないように。小さく、小さく。

 佳代は何時の間にか泣いていた。小さく切り刻んだ手紙をゴミ箱に捨てた。書かなければ良かった。気持ちは気持ちのままで、文字なんかにしなくても良かった。小夜が修司を好きだと知った時から、叶わない恋だと思っていたのに、どうして手紙を書いたのだろう…。今となってはその理由さえ、思い出せなかった。

 目を閉じた。涙が頬を伝っていくのを感じた。それと同時に、数少ない思い出が息つく暇もなく廻り…やがてそれは、鮮明になっていく。

小夜がラヴレターを、修司の机に忍ばせた翌日。自分がそれを取り出そうとしたこと。…そしてそんな自分を恥じて手を戻した時の気持ち。

「どうしてだろう…」

 佳代は呟いた。

「あの時は取り出さなくって良かったと思ってたのに…どうして今は、こんなに…後悔してるの?」

 机に伏して、顔を隠して涙する佳代。

 …思い出は廻る。佳代の気持ちとは関係なく。

 その一件から数日だった後、小夜は佳代に、買い物の付き添いを頼んだ。小夜が修司に贈るものを考えて欲しいと言った。佳代は自分の正直な考えを言った。小さいの渡しやすいものが良い、と。

 二人は日が暮れ行く駅前の商店街を歩いていった。やがて小夜はそれを見つけた。…小さな、何処となく懐かしい旋律を紡ぐオルゴール。

 と、突然佳代の耳の奥にそれが紡ぐ旋律が響いた。

 佳代はハッとした。目を開いても、それを止まなかった。あのやはり何処か懐かしくて、悲しい旋律が佳代を更に追い詰めていく。…佳代の心を、後悔の色に染め上げていく。

 耐え切れなくなって、佳代はベッドに潜り込んだ。頭から布団を被り、今まで堪えていた声が止め処もなく溢れてくる。その声は耳の奥に響く旋律を、あの悲しい旋律を掻き消してはくれなかった。それでも、音に抗うように佳代は声をあげて泣いた。しかしそれは執拗に佳代の心を責めていった。

 佳代はやがて流れる涙を拭くことをしなくなった。

 …もし悲しみが、涙に姿を変えて流れるものだとしたら、今この時全てを流し出したいと思ったから。この上ない悲しみが二度と胸に蘇らぬように。悲しみの断片を少しも残さぬように…。

 

 それから暫くして、佳代は顔を上げた。目は真っ赤になっていた。不意に窓の外を見る。其処には―――。

 

 ―――其処には何時の間にか、雪が降っていた。余りにも静かで…白かった。 

 

 深々と雪が降り積もっていく…。

 

 小夜と修司は空を見上げていた。

「…雪」

 小夜は呟く。

「…ホワイトクリスマスだね」

 修司は笑って頷いた。

「…私…すごく幸せだよ」

 呟いて、修司の胸に顔を埋める小夜。

「…サンタって居るのかもね」

 修司は言った。

「居るさ。今こんなに幸せなんだから」

 なんて、真顔で言う修司。小夜は可笑しくなって顔を上げた。

「…修司はキザ野郎だったんだね」

 小夜の言葉で二人ともが声あげて笑った。…やがて二人の間には、言葉がなくなっていく。

 

 それは、まるで深々と降り積もる雪のように。

 

「小夜…俺達にはちょっと早いかもだけど」

 小夜の瞳を見詰める修司。

「メリー・クリスマス」

 そう言うと、修司は目を閉じて小夜に口付けた。

 小夜は初め驚いたけれど、それは幸せな、甘い口付けだった。…やがて修司の口付けに酔いしれて…その目を閉じた。

 覚えているのは、近づいてくる修司の唇と、その後ろに降る雪の白さだけ。

 二人はお互いの唇の柔らかさを確認するように、強く押し付けあっていた。

 やがて離れた二人の間には、白く染まった吐息が現れた。

 二人は見詰め合って、笑った。全くの偶然だったが、二人は手を繋ぐと、空を仰ぎ見て同じ言葉を発した。



「メリー・クリスマス!!」


 

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