Christmas Time>2001-2002「Unbalance=二人の好きな人=」>第06話「一人ぼっちのクリスマス/前編」

一人ぼっちのクリスマス/前編



 終業式の日がやって来た。それは同時に、2学期の終了と、クリスマスイヴを迎えたことを意味する。

 

 生徒が午後からの予定を楽しそうに話しながら、校門を抜け、校庭を校舎に向かって進んでいく。塚原姉妹もまた、人の流れに身を任せるように歩んでいく。…ただ、二人の間には楽しげな会話は成立してはいない。

 何故なら、この日は小夜が修司に告白すると、決めていた日だったから。

 小夜は緊張して、告白の向こう側に待ち受ける未来を危惧して黙りこくっている。佳代はというと…佳代もまた、今日の小夜の結果を危惧して言葉が生まれない。

 …必然的に、二人の間を沈黙が支配する。

 佳代は耐え切れなくなって、空を仰ぎ見た。其処には、鈍色(にびいろ)に染まった空が広がっていた。今にも雪が降り出しそうだった。

 小夜は空を見上げる佳代を見た。…どことなく、なんとなく、佳代の表情は辛そうだった。

 小夜は佳代を真似て、空を見上げて見た。見通しの立たない、これからの自分自身の未来を見ているような気がした。

「…雪が降りそうだね」

 小夜はポツリと言った。佳代は小夜に向き直って言った。

「…もし降ったら、ホワイトクリスマスだね」

 小夜は笑った。けれど、表情が弱弱しかった。佳代は敢えてそのことには触れないで、微笑み返した。

「…私、頑張るね。居てくれたら、だけど…」

 小夜は小さく、ガッツポーズを作って見せた。佳代は控えめに笑った。小夜も笑った。そして二人とも、不安はなくなっていた。―――ただ何となく、二人ともに寂しい気持ちが積もっていた。

 

* * *

 

 全校集会も、大掃除も、LHR(ロングホームルーム)も…、特に何もないまま過ぎていった。担任の合図で佳代のクラスの生徒たちは勢い良く立ち上がる。冬休みがもう、目前に来ている。

 佳代は少しだけ、修司の顔を盗み見た。何となく、落ち着きに欠けて見える。それはきっと、もうすぐだから。

 

 挨拶が終わった。クラスメイトの多くが先を競うようにして教室から出て行く。そんな中、佳代と修司だけは、そのまま席に着いた。佳代は、彼女の鼓動が激しさを増していくのを感じた。

「…塚原」

 不意に、修司が佳代に話し掛ける。佳代は、平生なら嬉しいハズなのに、今は…不安だけしか感じなかった。

「………」

 問いかけに、佳代は無言で返した。…可愛げのない自分に腹が立った。

「…ごめん、やっぱなんでもない。ごめんな、気をつけて、帰れよ」

 修司は優しく微笑んだ。瞬間、佳代の動悸はこの上もないくらい高鳴った。あり得ないと解っていても、思ってしまう。この胸の高鳴りが修司に聞こえてはいないだろうか、と。

 そして同時に思うのだ。

 この修司の優しい笑顔が、いつか自分だけのものになったら良いのに、と。

 …何時の間にか、涙がこみ上げていた。今にも零れ落ちそうなくらいの、大粒の涙が。

「…塚原?」

 佳代はビクリと肩を振るわせた。…気付かれてしまった。一番気付いて欲しくない人に、一番気付かれたくないタイミングで。

 佳代は駆け出した。背後から修司の声が聞こえたような気がした。けれど、その言葉がどんなものであったとしても、今は聞きたくはなかった。傷つくのが怖かった。ただ、苦痛から逃げたかった。その一心で離れていく。

 やがて角を曲がると、その身を隠した。立ち止まって、呼吸を整える。思った以上に呼吸は乱れていた。それは、走った所為だけではないだろう。

 佳代は顔だけを少し出して、自分の教室を眺めた。と、其処には小夜がいた。

『…もうすぐ、なんだ…』

 佳代は、心の中で独り言ちた。辛い。見たくないと思っているのに、身体が言うことをきかない。視線は小夜を捕らえて放さない。

 やがて小夜は意を決したように、教室に入っていく…。

 

* * *

 

 塚原佳代が、その瞳に大粒の涙を浮かべていた。修司には話し掛ける機会を与えないと言わんばかりに、勢い良く教室から飛び出していった。…修司は戸惑っていた。自分が彼女を傷つけてしまったのだろうか。

 ふと、床を見た。と、其処には一粒の雫が光っていた。

 修司は暫くそれから視線を外せなかった。

 と、急に扉が開いた。其処には塚原小夜がいた。

「…塚原」

 修司は立ち上がった。小夜は沈黙を守ったまま、教室の扉を閉めて彼の前まで歩み寄ってきた。

「…滝本くんには、苗字で呼んで欲しくないな。佳代ちゃんと私、どっちを呼んでくれてるのか、解らないから…」

 そう言って、微笑む小夜。

「あ…、ごめん」

 修司は素直に謝った。小夜はまた、微笑んで見せた。彼はその笑顔をまた、素直に美しいと思った。

「あのね、迷惑かもしれないけど…」

 そう言って、セカンドバックから小さな箱を取り出す小夜。小夜は暫くそれを見詰めると、またあの笑顔を浮かべて言った。

「メリー・クリスマス! …はい、これ。受け取って欲しいな」

 小夜はそれを差し出した。

「あ…ありがとう」

 修司は気後れしつつもそれを受け取った。

「…オルゴールなんだ、私のお気に入り」

 微笑は絶えない。

「そっか…、大切にするよ」

 修司はそう言って、それを抱きしめるように抱えた。修司は小夜を見詰めた。小夜は視線が合うと、その目を伏せた。心なしか、頬が紅潮しているように見える。

 そして、二人の間に言葉はなくなった。

 小夜は落ち着かない様子でいる。修司の心は何故か穏やかだった。また暫くして、小夜が何か言いたそうな表情を覗かせた。少しだけ口を開いて、言葉を紡ぐ前に閉じてしまう。それを何度か繰り返して、ある瞬間小夜はポツリと言った。気をつけていないと、聞き取れないのではないか、と思うくらいの小さな声で。

「…あの、手紙…」

 修司の鼓動は高鳴った。

「あ、うん…」

 修司は緊張して、短く答えた。

「読んでくれた…かな」

 俯いたまま、小夜は訊いた。修司はこの時になって初めて、あの手紙が誰かの悪戯ではなかったのだと確信出来た。

「あ、…うん」

 修司がそう答えると、小夜は視線を上げた。懇願するような視線だった。修司はその瞳に釘付けになった。吸い込まれてしまいそうな、澄んだ瞳。

「…ごめんね、迷惑かなっても思ったんだけど…想っているだけなのは辛くって。…迷惑かもだけど、良かったら…」

 修司は言葉の続きを待った。小夜は暫く何も言えずにいた。次の言葉が紡がれるまで、小夜にとっても修司にとってもそれは永遠にも思える時間が流れた。実際はどのくらいだったのか、覚えていない。

「…良かったら、付き合って下さい! …好き、なんです」

 小夜の心臓はこれまでに無いくらいに高鳴っていた。こんな状態で、果たして修司の答えが聞こえるのだろうか、と心配してしまうほどに。…それでも幾らかは安心とさえ思えていた。もし、望んでいる答えでなかった時は…聞こえないでいる方が都合が良い。

 修司は暫し思案した後、ゆっくりと小夜の目を見詰めた。小夜は嫌でもその視線から、目を外すことが出来なかった。

 修司の顔の全てが見える。整った眉が、優しげな目元が、スッキリとした鼻筋が、健康そうな唇が…。

 やがてその唇が言葉を紡ぐためにその形を変えた。途端、小夜の視線は唇に注がれた。

「…俺は」


 

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