Christmas Time>2001-2002「Unbalance=二人の好きな人=」>第05話「悲恋/後編」

悲恋/後編



 二人は談笑を交わしながら、ゆっくりと帰路に着いていた。特に小夜は小さな箱を抱え、幸せそうな笑顔を浮かべている。

『あ、これなんかどうかなぁ』

 と、先程小夜が駆け寄り手に取ったのは、小さくてシンプルな造りをしたオルゴールだった。

 蓋を開けると、今まで聴いたことがないのに、何処か懐かしく、心に響く旋律が紡がれた。その音が途切れるまで、二人はそれに聴き入っていたことに気付かなかった。

『…これすごく良い曲だね。なんか、幸せな感じがする…』

 と、小夜。

『…うん。そうだね』

 と、佳代は彼女に合わせてそう応えたが、心の中では寧ろ、その旋律はもの悲しげに感じていた。

「そういえば佳代ちゃん、ありがとね」

「え、何が?」

 佳代は首を傾げる。

「オルゴール。お金貸してくれたじゃない」

 そう言いながら、鞄に入れないでずっと手に持っている、綺麗に包まれたオルゴールを佳代の目の前に持ってくる。

「あ、良いよ。全然」

 佳代は慌てて手を振って応える。

「これ買えて良かったよ…。何か、上手く行きそうな気がする…」

 そう呟いて小夜は立ち止まり、目を瞑った。きっと先程の旋律を思い起こしているのだろう。頬が心なしか紅潮している。佳代も小夜に倣(なら)って心の中で先程の旋律を反芻した。印象は特に変わらなかった。

「…さぁ、佳代ちゃん。帰ろう」

 小夜は何かを吹っ切れたような表情を浮かべ、佳代の手を取ると一歩ずつ確かめるように踏み出した。それは太陽が染めた朱(あか)い世界に、二人が調和した瞬間でもあった。

 

* * *

 

 佳代は髪を乾かしていた。聴覚がドライヤーの無機質な音で支配されているからだろうか、色々なことを想像してしまう…。

 例えば、滝本 修司の気持ちを、解るはずなどないのに自然と考えていたり、彼の気持ちが姉と自分のどちらかに向いているとして、それが自分に向いていれば良いのに、と心の中で嘆息したり…。

 全ては絵空事であるが故に、考えるのが辛い。掴めない、不確かなものなのだから。

「…ふぅ」

 佳代は一つ、ため息をつくとドライヤーを止めて、乾かしてしまった髪を丁寧に梳かし始めた。

 

* * *

 

 そして、それは不意に訪れた。

 

 放課後、佳代と小夜は今日も一緒に帰る約束をしていた。小夜が佳代を迎えに来て、それから一緒に下校するのが最近の二人のリズムだった。

「佳代ちゃん、帰ろう!」

 いつも通り、小夜がやって来た。

「あ、うん」

 佳代は急いで残りの荷物を鞄に詰め込んだ。そして小夜が待つ廊下に急いだ。

「さぁ、帰ろう」

 小夜は佳代が自分の隣に並んだのを確認すると、ゆっくりとした歩調で歩き出した。それにワンテンポ遅れて「うん」と返事をして、再度並びかける佳代。

 小夜はちょっと微笑むと、途端に残念そうな顔をして佳代にだけ聞こえるくらいの小さな声でため息交じりに呟いた。

「…あ〜あ、今日は滝本君帰っちゃってたんだね」

「あ、うん。なんか、急いでたみたい」

 佳代は彼の帰る時の様子を小夜に話して聞かせた。

「…そっか。佳代ちゃんは良いなぁ。すぐ隣で滝本君のこと見れるんだもん」

 と、ちょっと拗ねた顔をして佳代を見る小夜。

「…あはは」

 返答に困って苦笑を浮かべる佳代。

「別に良いんだけどさぁ〜…」

 小夜は呟くように言った。

 それから二人は階段を二回下りた。少しまっすぐ歩くと、其処には靴箱があった。二人が丁度ドラマの話をしているとその靴箱から知った顔が、こちらに慌てて向かって来るのが見えた。その人影を見て、佳代も小夜もハッ、とした。

 見間違えるハズもなかった。その人影はほかの誰でもない、滝本修司だった。

「あ、塚原!」

 修司が佳代達を見て、声をあげた。途端、小夜は佳代の背中に隠れた。瞬間的な出来事だった。

「あのさぁ、オレの机に小さい鞄かかってなかっ…たって、アレ?」

 と、修司が佳代の後ろの人影に目を見張る。

「あれ、塚原が二人…?」

 修司は目を擦りながら呟いた。と、小夜がすっ、と佳代の影から現れて修司に話し掛けた。

「あ、あの、滝本くん! 私…佳代ちゃんの姉の…塚原、小夜です…」

 小夜はそれだけ言うと、俯いて佳代の制服の裾を強く握った。

「あ…」

 修司も目を伏せた。何故なら小夜の名前には聞き覚え…いや、正しくは見覚えがあったから。

 佳代はどうして良いか解らずに、小夜と一緒に俯いていた。佳代と小夜と修司の間に暫しの沈黙が過ぎる。佳代は堪えきれなくなって修司の顔を盗み見た。…そして佳代は見てしまった。

 修司の視線がほんの少し、ちょっとの間だけ、小夜を捕らえていたのを。

「…そうだ、オレ用事があったんだ。じゃ、じゃあまたね、塚原!」

 三人の上に圧し掛かった沈黙の重圧を払い飛ばすように、修司はそれだけ言うと二人の横を通り過ぎようとした。

「あの…っ!」

 と、小夜がそれを制止する。修司は立ち止まった。二人には背中を見せたままでいた。

「終業式の日、時間あったら…残っててください!」

 小夜は修司の後姿に、おなかから声を絞り出すようにそう言うと、靴箱へと走っていった。修司が振り返った。佳代と視線がぶつかった。佳代はというと…恐れを感じて、小夜と同じように走り去った。

 修司は二人の影が靴箱の影に消えるまで眺めていた。佳代の影が消えた時、修司は我に還って、教室へと走り出した。

 やがて修司の姿が壁の向こうに消えた頃、二人は靴箱の陰に居た。

「…どうしよう。佳代ちゃん、私絶対ヘンな奴って思われたよ〜…」

 そう言って、佳代に縋(すが)るように抱きつく小夜。

「…大丈夫だよ」

 佳代は小夜の背中を擦りながら、呆然と立ち尽くしていた。小夜は顔を伏せているので佳代の表情には気づかない。佳代は安堵した。この衝撃の中にいる限り、小夜を欺くために表情を変えるなど、到底出来ないと思ったから。

 だから佳代は小夜の背中に手を置いたまま、先程見た修司の視線の意味を…、考えあぐねていた。


 

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