Christmas Time>2001-2002「Unbalance=二人の好きな人=」>第03話「苦悩」

苦悩



 その夜、佳代は寝付けずに居た。何度寝返りを打ち、何度目を開けただろう。いくらそれを繰り返しても、眠気は一向に訪れない。

 とうとう佳代は起き出して机に向かった。

 寝付けない理由を考えて、愚問だと自分を諭した。

 頭の中にあるものは解っている。それは今日姉が、滝本修司に出したラブレターのこと。

 嬉しそうに微笑む姉。一体その手紙には、どんな言葉が紡がれ、どんな思いが乗せられていたのだろう…。

 そればかりが気になって、こうして眠れないで居る。

『…小夜ちゃんが羨ましい』

 佳代は心の中で呟いた。すると、今度は姉と修司が並んで笑い合っている所が思い浮かぶ。そして、胸が疼いた。

 暴れる胸の内が痛くて、佳代は顔をしかめた。

 ふと教科書を並べている棚を見ると、レターセットが一式あった。途端、今までとは明らかに違う胸の疼きが現れた。彼女の体温がゆるやかに、しかし確実に上昇しているのを感じた。

 佳代は恐る恐る手を伸ばすと、それを目の前まで持ってきた。

『…私だって、書ける』

 佳代は心の中で呟くと、一つ頷いて中から便箋を取り出した。ペンを持つと、少しの間修司の顔を思い浮かべて胸の中に廻る彼への想いを文章として、便箋の表情を彩らせた。

 

 それから幾許の時が流れたのだろうか。手紙を書き上げ、気が付いて時計を見上げると、それは午前二時を示していた。

「もうこんな時間?」

 佳代は小さく呟くと、その便箋を封筒につめて鍵の掛かる引出しに入れ、再び施錠した。

 佳代は漸く訪れた眠気に誘われて吸い込まれるようにベッドへと身を沈めていった。

 

* * *

 

「…学校行きたくない」

 朝の食卓は、小夜のそんな一言から始まった。

「ダメ」

 と、厳しい顔つきで諭す母。

「大体もう少しで冬休みでしょう? 頑張って行きなさい」

 不満げな表情この上ない小夜だったが、勿論母親は頑として聞き入れなかった。

 

「ひどいよねー? 私の気持ちも知らないでさー…」

 朝の通学路は肌寒い風が吹いていた。それも癪に障ったのか、小夜の不満が佳代に打ち明けられる。

「でも、お母さんが言うことも解ってるんでしょ? 小夜ちゃんも」

 だからこうして学校に行ってるんだよね、と言った瞳で小夜の目を見る佳代。

「そうだけどさー…」

 小夜はがっくりと肩を落とした。

「…多分今日、読まれちゃうんだよね」

 小夜の声のトーンが変わった。

「…そうだね」

 佳代は相槌を打った。

「…フラれたら、佳代ちゃん。慰めてね…?」

 寂しそうに微笑む姉が、今までよりも尚一層綺麗に見えて、佳代は胸が張り裂けそうになるのを必死に抑えながら「…大丈夫だよ」と言った。そうなってしまうことに猜忌(さいき)の念を抱いた心のままで…。

 

* * *

 

 学校に着き、二人はそれぞれの教室へと向かった。

 佳代が教室に辿り着くと、未だ誰も来ていなかった。いつも佳代が着く頃には誰もいないので、佳代は普段通り自分の席についた。

 席に着くと、今までの日々と比べて佳代にはその空間に違和感があるように思われた。何か強烈な存在感を感じる。それはやはり、隣の席から発せられている―――。

『…小夜ちゃんのラブレター…』

 佳代は席を立って、修司の席に歩み寄った。無意識の内の行動だった。

『今取り出せば、未だ…』

 修司の机にゆっくりと手を伸ばす佳代の頭の中に、幾つかの情景が浮かび上がった。

 手紙の返事が来なくて、フラれたと思い泣いている姉。それを慰める自分。…そして、小夜の涙で濡れる服の内側にある佳代の心の中では、修司が何も知らずに笑っている。

 小夜の中から滝本修司が居なくなった時、佳代は昨日の夜に書いた手紙を渡す。…いや、自分の声で、言葉で修司に告げる。

 それでも自分に笑いかけてくれるだろうか…。

 其処まで思い浮かんで、佳代は我に還った。伸ばしていた手を引き戻す。

『…ダメ』

 佳代は恐れた。姉妹と言う関係が崩れ去ってしまう瞬間が来ることを。

 それに、一瞬でも修司の机から手紙を抜き取ろうとした自分の醜悪な心が嫌になった。それこそ、死んでしまった方が良いのかも知れないと、思える程に。

 佳代は彼女にまとわりつく鮮烈な手紙の存在感を必死で振り切って自分の席に着いた。たったの一歩分もない佳代と修司の席の間が、その時の佳代にとっては果てしなく続く道のりに思えた。

『最悪だよ、私…』

 そう心の中で自分自身を罵ってみる。が、醜悪な心を戒めることは出来ず、独りやり場のない憤りを我が身へとぶつけるしかなかった。

 

 それから何時間も経たない内のこと。

 刺すような冬の冷気が、窓を閉めているはずの教室に吹き込んだような気がした。

 修司が小夜の手紙を見つけたのだ。

 丁度何気なしに修司の方を一寸(ちょっと)見た時のこと。補助教材を出そうとしていたのだろう、机の中に手を差し入れたところだった。

 覚えず、佳代はその瞬間に視線を奪われた。

 彼の左手がそれを掴んで少し机から取り出した。手紙が出てきた瞬間の修司の表情は、手紙に意識を集中していたので見逃してしまったが、それを認識したであろう瞬間にはもう、押し込まれてしまった。

 佳代の意識は手紙の姿が見えなくなったのと同時に開放された。慌てて視線を元に戻す。

 胸の鼓動は早鐘のように鳴り響いている。佳代の耳には教師が教科書の内容説明している声よりも大きく聞こえた。

 この瞬間だけ、佳代は顔を伏せて普段思いもしないことを思ってしまった。

『どうして隣の席なんかになったんだろう…』

 と。


 

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