Christmas Time>2000「Snow Season」>第01話「8年前の出来事」

8年前の出来事



 春に桜の花びらが舞い、夏には水飛沫(みずしぶき)が、秋には枯葉が舞うように、冬である現在は雪が舞っている。とめどなく。

 彼、牧野 優(まきの ゆう)は待ていた。八年前まで続いていた時の続きがまた、動き出すのを。八年前と同じ、この場所で。

 吐く息も白く色付き、見上げれば際限なく広がる空がある。暗い空が。

  …暗い空。それを見ていると思い出されてしまうのは、これ程までに時間を潰してまで、逢いたいと思っている、彼女のこと。あの日以来、六年間続いていたことが、自分の所為(せい)で途切れてしまった…。出来れば。出来ることならば、もう一度彼女と逢って、謝って…。もし、許してもらえるのなら、この気持ちも共に、伝えたいと思っている―――。

 

* * *

 

 十四年前の、同じ季節。優は冬がキライだった。ただ寒いばかりで何も満たされてはいかなかったから。クリスマス・イヴの空模様は見るからに重く、雪が降り出しそうな寒気さだった。

 そんな時、未だ六歳だった優は一人、近所にある山に登った。幼い故の思いつきだった。

 少しでも高い場所に登れば、もしかしたら雪の結晶が大粒かもしれない。生まれて初めて目にする雪に対して持った感想がそれだった。

 深々と雪が降り積もる…。あんなに深い緑色をしていた木々が、今では枝だけの寂しい姿になっていたが、もう白い葉が芽生えている。

 そんな木々の合間を抜けて、開けた場所にやってきた。ここは県立の公園で、木で作った椅子や、ちょっとした休憩所もる。

 そのうちのひとつで、優がいつも座っている眺めの良い椅子の所に来た。座る。

 見渡せば一面、銀世界が広がっている。嘘偽りのない、純粋な白さだろうか。何かに曇りきっている、卑怯な心は何処にもないのではないか。疑いも何もない、正しい世界が此処にはあるような、そんな気がする。

 トントン。

 不意に、肩を叩かれた優。驚いてそちらを見やる。すると、自分と同い年程の女の子が其処にたっていた。ニコニコと笑顔を浮かべたままで。

「何してるの、こんな天気なのに?」

 その表情は崩れない。変わらぬ笑顔のままで、優の返事を待っている―――。

「…雪がとても小さいから、少しでも高いところに来ると大きい粒があるんじゃないかと思って…」

 優は、正直に答えた。と、足元に雪の塊が落ちる。急に、体が軽くなったような感じがした。…立ち上がってみる。と、また雪の塊が落ちる。そしてまた、体が軽くなるのを感じる。

「雪が体に積もるまで、そんなこと考えてたの? 面白いね!」

 そして、女の子の笑い声があたりに響く。優は急に恥ずかしくなった。

「良いだろ、別に!」

 突然優は声を上げた。そして、ハッと気付いた。女の子が泣きそうな表情を浮かべていた。

「あ…。ごめん、大きな声出して」

 優はそう謝ったが、女の子は未だ俯いている。それから沈黙した。

「…大丈夫」

 数分経ってから、女の子は告げた。きっと今まで、泣きそうなのを必死で堪えていたのだろう。

「…私、沙雪(さゆき)っていうの!」

 そう、自己紹介を始めたのは女の子―――沙雪だった。優もそれにならって自己紹介をした。

「僕、牧野 優」

「ゆう…ちゃんだね?」

 と、女の子は瞳を輝かせて繰り返す。その輝きはまるで、陽光が雪の結晶を包み込み、それらが光を放つもののようだった。

 優は一応頷く。と、沙雪は優の手を握って小躍りを始める。

「わ〜い、優ちゃん! 優ちゃん!」

 戸惑う優などお構いなしに、そのまま何度も回った。そして、急に立ち止まると天使のような笑顔で優に問う。

「私たち、"友達"だよねっ?!」

その瞳は少しばかり、憂いを持っていた。が、優は気付かずに戸惑っていた。

「友達…違う?」

今度は優にもわかる程、表情が哀しみに歪んだ。慌てて告げる優。

「うんん、友達!」

「…ホント?」

「うん!」

 優は今度は、心からの笑顔で頷いた。それに答えて、沙雪もまた、最高の笑顔で頷いた。

 

* * *

 

 雪は変わらず、降り注いでいる。相変わらず優は、沙雪と出逢ったこの公園に居て、相変わらず出逢ったときに座っていた椅子に腰を落としていた。

 そうしてもう、何時間経つだろう。もう慣れていた。こうして去年のイヴも、クリスマスも過ごしていた。一昨年も、その前も…。

 沙雪がこの場所にこなくなってからの八年間、ずっと。

 深々と降り積もってゆく雪。その中で、雪だるまにでもなったかのように、動かなかった。

 ―――…動けなかった。

 遠くから、小さな子供たちが遊ぶ声が聞こえてきた。そしてまた、思い出が脳裏を過ぎる。

 そう、運命付けられた二人の別れの瞬間さえも、共に。

 

* * *

 

 絶え間なく降り注ぐ雪を手の平で受け止めた。暫くすると、水に還(もど)ってしまう。儚かった。どうしても留めることの出来ない雪を眺める度、悲しい気持ちになったりもした。

「どうしたの?」

 沙雪が不思議そうに問う。

「…うん。…雪って、どうしてすぐになくなっちゃうのかな、って思って…」

「なくなる?」

 訝しげな表情を晒す沙雪。

「ほら」

 優はもう一度、手の平で受け止める。…そして、雪は水になる。沙雪はそれを見て、悲しげな表情を見せた。

「雪が消えてしまうのは…ね、皆最後には居なくなってしまうのと一緒だからだよ…」

 次は、優が眉根をひそめる。

「どういう意味?」

 けれど沙雪は、ただ儚い笑顔を浮かべるだけで答えはしなかった。


 

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2009年10月28日:デザイン改修