Christmas Time>1999「雪原の幻に」>第01話「プロローグ」

プロローグ



『クリスマスの花って、知ってるかい?』

(あっ、おじいちゃん…)

 ここは、結城聖歌(ゆうき せいか)という少女の夢の中。

 聖歌は夢の中で、今は亡き祖父の話を笑顔で聞いている、幼い頃の自分を見ていた。

『うぅん、知らないよ?』

 聖歌の無垢な瞳が揺れる。祖父は慈愛を込めた微笑みを浮かべながら続きを語り出す。

『その花はね、クリスマスにだけ実を結び、その実を食べた人の願いを叶えてくれるんだ』

『…わぁ、すごい!』

 聖歌は心からそう思った。祖父もまた、無邪気に笑った。

(おじいちゃん…。私、こんなに大きくなったよ―――)

 

* * *

 

 窓から漏れた朝陽が聖歌の頬を撫でた。その優しい感覚に、聖歌は眠い目を開けた。

「…クリスマスの花、か…」

 ポツリと呟いた言葉。聖歌はベッドから立ち上がり、窓を開けた。鳥の囀りが心地良く響き、空には一層の青色が広がっていた。

 季節は冬。恋人達が微笑み合い、片思いの人は想いを告げようと、勇気を出すクリスマス・イヴ。その前日。聖歌は後者の方だ。

「さぁ、そろそろ行かないと、聖が遅刻しちゃうよ」

 聖歌はそう呟くと、パジャマのボタンを外していった。

 

 紺色のセーラー服に身を包んだ聖歌は、その長い髪を束ねていた。丁寧に櫛(くし)で髪を梳(と)いた後に。続いて、鏡の前に立ち、自分の格好をチェックする。胸元にあるリボンを弾いて「よし!」というと、鏡の中の自分にウィンクをした。

「へへっ♪」

 鞄を持ち上げると、勢い良く階段を駆け下りた。

 

 朝の通学路は何となく憂鬱だ。学校で友達と喋るのは楽しいが、授業がある時は本当に帰りたくなってくる。流石にズル休みをしたことはないが、ズル早退なら何度かある。

ふと、聖歌は一軒の家の前で立ち止まった。続いて、チャイムを押す。程なくして返事が返ってきた。

『あっ、聖歌ちゃん?』

「はい!」

『ちょっと待っててね、またなのよ』

 聖歌は苦笑しながら頷いた。

 少しして、ドアの向こう側から怒鳴り声が聞こえてきた。

「ほら、聖! もう聖歌ちゃん来てるんだから急ぎなさい! 女の子待たせるなんて、最低よ!」

「分かってるって! あっ、母さん、朝飯くらい食わせろよ! なおすなって、あっ、もったいねぇ!!」

 そんな口論のさなか、ドアが開く。そこから吐き出されるように、一人の青年が捨てられる。後から忘れていたかのように、一個のリンゴが飛び出してきた。それを右手で受け取った青年は、その場がかぶりつく。

 聖歌はやれやれと言いたげな表情で歩み寄り「おはよう」と声をかけた。青年は聖歌の顔を見ると、素っ気無くこう返した。

「ああ…。行こうゼ」

「うん」

 

 仙道聖(せんどう しょう)。聖歌の幼なじみだ。身長が170cm。いつも「もう少しほしい」とぼやいている。見た目は何処にでもいる、普通の高校生。これといって特徴がない。強いて言えば、口が悪いが心は優しい。そんな男だった。

 聖歌と聖の関係は、その前の世代から始まっていた。二人の母親が親友だったのだ。その関係は、二人が結婚してからも続き、家族ぐるみの付き合いが始まった。双方の男性陣も意気投合し、今に至っている。

 だからなのか、聖歌と聖。二人の名前には母親達の意見で同じ漢字が入った。

 通学路ももうすぐ終わる。話題がないので聖歌は聖に、あの夢のことを伝えた。

「ねぇねぇ、聖。私今日、懐かしい夢みちゃった」

 聖は面倒臭そうに「あぁ?」と答えた。聖歌はお構いナシに続ける。いつものことだ。

「おじいちゃんが昔、教えてくれた話なの」

「ふぅん」

「でさ、聖は知ってる? 『クリスマスの花』って」

 ようやく興味が出たのか、聖は聖歌の方は向いてきた。

「何、それ?」

 聖歌は調子付いて更に話す。

「あのね、その実を食べた人は、願いが叶うの」

「願い、か…」

「聖?」

「俺だったら…」

「え?」

 聖が聖歌を見つめた。聖歌の胸の鼓動が早鐘を打つ。

 キーンコーンカーンコーン…。

 その時、無気力なチャイムの音が鳴り響く。

「…げっ」

「聖、急ご!」

「…ああ」

 二人は駆け出した。それぞれの心を覆い隠して。

(聖、そんなに見つめないで。胸が張り裂けそうだよ…)

(聖歌、俺…)

 

この片想い どうしてこんなにもどかしいんだろう

君の気持ちが分かれば こんな想いはしなくて済むのに…

早く伝えたいけれど そんな勇気 持ってない

もうすぐ クリスマス

何故だか分からないけれど この日なら

言えそうな気がする

君のことが 好きだよって



 

* * *

 

 今日は終業式。明日はクリスマスイヴ。明後日はクリスマス。三日連続で良い日がある。聖歌はウキウキしながら教室へ向かった。隣の聖が少し、遅れて続く。

 教室の前まで来て、聖歌は少し待つ。聖が到着すると教室の扉を開ける。その時には、二人並んだ体制になる。

「おっ、今日も夫婦で登場だ!」

 一斉に教室がヒートアップ。聖はというと、一気に不機嫌な表情になって行く。聖歌は赤くなって、俯くだけだ。

「るせぇ、落とすぞ」

 茶化した男その1は恐縮して座った。と、だんだんと静かになって行く。聖は小さく舌打ちをすると、聖歌は促してそれぞれの席についた。

 

そして、終業式が始まった。校長の話が長いというのは、ここも同じだ。一人で十五分(推定)も話していた。しかし、校長だけならまだしも、どの教員も長い。流石に、校長レベルの者はいなかったが。

 聖歌は正直言って、もうお尻が痺れて早く立ち上がりたかった。そんな聖歌の願いが通じたのか、それ以降はさくさく進んだ。そして、終業式終了。皆、檻から放たれ自由を手に入れた、小鳥のような表情をしていた。

 続いて大掃除、HR(ホームルーム)と終わり、嫌な嫌な通知表のご登場。聖歌は開くなり、ため息をついた。聖の方を伺う。あちらはもっと酷い。”アヒルの大行列(「2」の数字)”らしい。頭はそこまで悪くはなかったはずだが…。聖の周りでは、笑い声が溢れていた。聖歌はつられて笑った。

 

* * *

 

 二人は当たり前のように、並んで歩く。隣でブツブツ言っている聖を尻目に、一人クリスマスのことを考えている聖歌。そんな折に、聖がぽつんと呟いた。

「なぁ、聖歌。朝言ってた『クリスマスの花』だけどさ」

「え? あ、うん」

「もうちょっと教えてくれない?」

 一瞬戸惑った聖歌だが、すぐに頷いた。

「えっとね、クリスマスにだけ実を結んで、それを食べた人の願いを叶えてくれるの」

「そっか…。じゃあさ、明日から探しに行かないか?」

 思いもよらない聖の言葉に今度こそ、間違いなく戸惑った。

「えっ?!」

「あ、ヤならいいんだぜ?」

 強がりを言ってしまう―――。気持ちを隠すため。近づきたいのはホントの気持ち。だけど、この微妙な距離を越えてしまったら、どうなるのだろう? 恋人同士? それとも―――。

「うんん、聖から誘われるなんて思ってなかったから…。私も予定ないし、探しに行こうよ」

「そうか? なら、そうしようか?」

 ―― 一時の安心。

「うん、そうしよぉー♪」

 そして、聖歌の明るい声が、何より嬉しかった。

「んじゃあ、明日迎えに行くわ」

 聖がぶっきらぼうに言う。

「はーい。一応、待ってるね」

「何かつっかかる言い方だな…」

 ぽつんと呟き、笑いながら歩く。

 そして暫し、そのままで歩いていく。と、前方を見ると、ある一定の場所から先に、雪が降っているではないか。

「わぁ…、すごい!」

 聖歌は少女のような、無垢な笑みをこぼしながら走り出した。やれやれ、と嘆息しながら、聖歌の後を追って走る聖。そして―――。

 音もなく降り注ぐ白い結晶。

「わぁ…」

 吐く息も白く映り、雪の結晶を救い上げては笑顔を漏らす。

「寒いね…」

 その時だった。辺りがパァ、と輝いたかと思うと、辺りはたちまち、雪が覆い始めたのだ。

「え?」

 いきなりのことで、少々戸惑う二人。しかし、その白い景色に包まれては、的確な判断は出来るはずもなく――。

「まっ、いいじゃん。楽しもうぜ」

「そうだね」

 二人は無邪気にも、雪合戦を始めた。

 だから、気付かなかったが、雪が降る空間は、無情にもその入り口を閉じ―――。

 二人は気付かぬ間に、雪の世界という牢獄に閉じ込められたのだった。


 

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2009年10月28日:デザイン改修
2009年10月28日:加筆修正