Christmas Time >2003「Courage」>第05話「Under a spell〜12月25日・夜」

Under a spell〜12月25日・夜



「ただいまー」

  比奈子はいつもより少しだけ遅く帰宅した。聡と言葉を交わして歩いていると、話をするのがすごく楽しくてつい立ち止まってしゃべったりした。

 栞はと言えば、比奈子と聡を気遣って先に一人で帰ってしまった。比奈子は三人で帰ろう、と提案したが、栞は笑っても、決して頷いてはくれなかった。それが、栞の良いところだ、と比奈子も聡も認め合った。

「おかえりなさい」 

 珍しく早く帰宅していた父親が、比奈子を出迎えた。

「ただいま」

 比奈子は笑って答えた。その表情の明るさに、父親は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って言った。

「今日は、楽しかったかい?」

 比奈子は聞こえていたが、あえて「え?」と聞き返した。しかし父親は繰り返さなかったので、比奈子は素直に「…うん、楽しかったよ」と言った。

「どうしたの、急に?」

 比奈子が首を傾げて訊くと、父親はかぶりを振って「どうもしないよ」と言った。そして振り返り、リビングに戻ろうとして、立ち止まり言葉を続ける。

「クリスマスが、楽しい日で良かったよ」

 父親はそれだけ言うと、今度こそリビングに戻って行った。

 比奈子は「クリスマス」という単語に殊更反応した。

 何故だろう、焦燥を感じる。

 比奈子はとめどもなく溢れてくる不安に身をすくませた。



 その夜、比奈子は夢を見た。それは今日の記憶を遡っていく映像。しかもそれは、ある断片を、写真のように静止したもので捉えていた。

 聡の告白の時の顔。校門の傍に立つ、年老いた桜の木。掃除時間の、大丈夫だという栞の顔。ドッヂボールをするクラスメイト。栞の掌。信号の青。深い海の底を思わせる夢の中の風景。其処に差す一筋の光。

 そして、絵は動き出す。

 青い空間がやがて闇に染まっていく。差していた光も次第に飲み込まれ、後に残ったのは暗く悲しい気持ち。

 比奈子はいつの間にかその闇の中にいた。右も左も判らない場所だから、比奈子はまっすぐ頭上に手を伸ばした。何かがつかめる、そんな気がしていた。しかし、掴むことが出来るのは空気だけ。何もないのと同じだ。今度は立ち上がってそうする。それは己の無力さを知るだけの行為となった。

 と、突然白い光が比奈子を包み込んだ。それは、新しい朝の到来を知らせる便りだった。