Christmas Time >2003「Courage」>第03話「Under a spell〜12月25日・昼(前編)」

Under a spell〜12月25日・昼(前編)



 給食を経て昼休みが始まった。

「ヒナちゃん!」

 栞が駆け寄ってきた。

「西野さん…どうしたの?」

 比奈子は栞が来てくれるのが嬉しくて微笑んだ。

「もぉーひどいなぁ」

 と、笑顔だった栞は途端ふくれっ面になった。栞の変化に、比奈子は狼狽する。

「え…、どうして?」

「栞で良いって言ってるのにー」

 プイとそっぽを向く栞。

「あ…」

 比奈子はほんのり頬を朱色に染めた。

「ごめんね…、栞ちゃん」

 栞は険しい視線を比奈子に向けた。無言の栞。

 比奈子はたまらなくなって俯いた。初めて友達と呼べるような人が出来たのに、早くも失ってしまうのだろうか。

「なーんてね!」

 と、唐突に明るい声が聞こえる。比奈子は驚き、顔を上げる。

「こんなことで本気で怒るわけないよー」

 クスクス笑いながら言う栞。

「友達なんだからさ」

 友達。栞が何気なく言った言葉に、比奈子の胸は躍った。

「あ、それよりさ!」

 思い出した、というように早口で言葉を紡ぐ栞。

「男子が外でドッジボールやるんだって! 私たちもはいるんだけど、ヒナちゃんもやろうよ!」

 比奈子は躊躇った。ドッジボールのルールは知っているが、実際にやったことはない。

 でも…。

『友達なんだからさ』

 先ほどの言葉がよみがえる。何気なく言われた言葉だからこそ、心に響いた。

「…うん、行く!」

 比奈子は頷いた。栞も満足そうに微笑んだ。栞が比奈子に手を差し伸べる。比奈子はもう、何のためらいもなくその手を握る。当たり前のように微笑み合って二人は駆け出した。

「栞ちゃん!」

 比奈子は呼びかける。栞は「なにー?」と問い返す。

「私たち…!」

『魔法だよ』

 言葉を紡ごうとした瞬間、昨夜の父の言葉がよみがえる。

「なーに?」

 栞は繰り返す。

 比奈子は瞬間頭の中で考えた。

 考えたくないが、この不思議な一日が昨夜貰った魔法の力だとしたら、今いうのは卑怯なのかもしれない…。

 それでも、それでもやはり比奈子は言わずには居られなかった。

「私たち、友達だよね…!」

 言って、比奈子は自分の声にすがるような音色が交じっていたことに戸惑いを覚えた。

「なーに言ってるの、ヒナちゃん!」

 そして、栞の声には比奈子の不安を打ち消すような明るさがあった。

「そんなの当たり前でしょ!」

 迷いのない栞の声に、比奈子は救われたような気がした。



* * *



 雪でも降り出しそうな、冷たい風が吹く校庭。

 それでも皆元気に走り回っている。バレーをして遊ぶ女の子たちや、ブランコで変わった遊びをしている下級生の子たちもいる。

 そんな中、校庭の真ん中に比較的広いコートを作って陣取る、クラスメイトの子たちがいた。

「ごめんねー遅くなっちゃった!」

 栞は明るく声をかけてその輪に入る。

「ごめんね」

 比奈子もそれに倣って謝った。遅れてきた二人を、誰も批難しなかった。



 二人がやってきて、すぐにゲームは始まった。比奈子は栞と同じチームになった。

 比奈子は飛んでくるボールを避けることしか出来なかったが、初めて実際にやるドッジボールはとにかく新鮮だった。

 ボールの投げ方一つとっても、人それぞれ色々な個性がある。人と一緒にいると、こんなにも多くの新しい発見があるのか、と比奈子は感心した。

「ヒナちゃん逃げて!」

 比奈子は栞の声で我に返った。気付けば自分が標的になっていた。比奈子は慌てて駆け出したが、動きが読まれていたらしく当てられてしまい、驚いた比奈子は転んでしまった。

「ヒナちゃん!」

 栞が外野から駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

 栞は比奈子を抱え起こした。

「…うん、大丈夫」

 とは言ってみたものの、擦り剥いた膝が痛い。見てみると、出血もしていた。

「佐伯」

 と、気がつけば同じチームの菊池 聡(きくち さとし)も比奈子の傍にやってきていた。

「保健室行こう。オレ、保健委員だから連れて行くよ」

 と、何故か比奈子に視線を合わせようとせずに言う聡。栞は初め聡の様子を不思議に思って見ていたが、暫くしてハッとし、含み笑いを浮かべながら言った。

「あっ、そうだね、菊池くん保健委員だから、ヒナちゃん連れて行ってあげてー」

 わざと聡の言葉を繰り返し、比奈子を預ける。

「行こう」

 聡は一人歩き始めた。

 比奈子は皆がその様子を見て微かに笑っているのを見て不思議に思ったが、聡が一人で行ってしまっているので、急いでその後を追った。膝が少しだけ痛かったが、我慢した。

 やがて比奈子が隣に並びかけると、聡は話しかけてきた。

「膝、痛くない?」

 比奈子は頷いた。

「うん…大丈夫」

 言って、比奈子は聡の歩調がゆっくりになっていることに気付いた。これは多分、比奈子のことを気遣っていてくれているからだろう。

「あの…ありがとう」

 比奈子が告げると、聡は頬を赤らめてそっぽを向いた。

 比奈子は聡のその仕草を不思議に思った。けど、そのことを指摘して良いかどうかを思案している途中で、保健室に辿り着いた。

「…後は、先生に診て貰って」

 聡はそれだけを言うと、また校庭の方へと走り去って行った。

 どうしてだろう、比奈子はどうしても、その背中が見えなくなるまで見送らずにはいられなかった。



「ヒナちゃん!」

 昼休みも終わりに近づいた頃になって、比奈子が教室に戻ると、栞が駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

「うん、平気」

 眉根を寄せて心配そうに尋ねる栞に微笑みつつ頷く比奈子。

「なら良かった」

 と、胸を撫で下ろす栞。

「今日は、何か心配されてばかりだね」

 比奈子は言う。

「あはは、ヒナちゃんカワイイから」 

 栞が含みのある笑いを浮かべて言う。比奈子はそれに気付かずに、照れて俯いた。

「でさー…」

 と、栞の声色が変わった。内緒の話をする時のように、声を低くして比奈子の顔に栞のそれを近づけてくる。

「な、何?」

 比奈子は狼狽しながらも問いかけた。栞はと言えば、こちらが実は本題である、といった表情で問う。

「菊池くん…なんだって?」

 栞は興味津々と言った表情で比奈子の答えを待っている。比奈子はと言えば、栞の質問の意図を判りかねて、首を傾げた。

「何って、何?」

 栞はもどかしそうに体をよじる。

「もぉ〜ヒナちゃん水臭いなー! 教えてよぉ〜」

 栞は比奈子が勿体つけていると、思っているらしい。

「栞ちゃん、私栞ちゃんの言いたいこと判ってないみたい」

 比奈子は申し訳なさそうに言う。

「耳貸して」

 栞が急かすように言う。比奈子は慌ててそれに従った。

「菊池くん、ヒナちゃんに何か言わなかった?」

 栞が比奈子耳元でそう囁いた。

「うん、膝大丈夫? って訊かれたよ」

 と、比奈子も声を栞の調子に合わせて言う。

「違うくて」

 栞は即答して、何か考えるような表情を見せた。

「他に…こう……」

 うーん、と唸りつつ何か考えていたようだが、途中か面倒になったのか、吹っ切れたような顔をして比奈子に問うた。

「好きって言われなかった?」

 比奈子は瞬間、思考回路が停止した。

「え?」

「だから、好きって言われなかった?」

 比奈子がやっと喉の奥から搾り出した呟きに、栞は応えるような調子でもう一度同じことを問う。

「えー!」

 また短い間があって、比奈子は声を上げた。

「ヒナちゃん声大きい!」

 栞がたしなめる。

「誰かに聞かれちゃうよ」

 声をまた低くして言う栞。

「う、うん…」

 比奈子もそれに合わせて小さく頷く。

「で、どうなの?」

 本題に戻る栞。

「え…、別に何も言われなかったよ…?」

 暫く考えてそう告げる比奈子。と、栞は不服そうな声をあげる。

「えー」

 比奈子はそんな栞に「だって…」と批難めいた口調で言葉を続ける。

「だって、ホントだよ? 保健室の前まで送ってくれて、後は先生に診て貰ってって言われて、それで走って校庭の方に戻っていったもん」

 と、早口に説明する比奈子。

 其処まで説明して、比奈子は聡の背中を思い出した。そしてその背中から視線が外せなかった自分のことも。

 けれど、比奈子はそのことは栞には言えなかった。

「そっかー」

 と、残念そうに呟く栞。

「でもね」

 と、またちょっと笑いながら栞は続ける。

「菊池くん、ヒナちゃんのこと好きっぽいよ」

「!」

 比奈子は狼狽する。

「あ、あ…、ありえないよ!」

 比奈子は頬を染めながら、突拍子もないことを言った栞をもう一度批難する。

「えー? だってさー」

 と、栞はまた不服そうに意見を述べる。

「校庭であからさまに視線外してたし、ヒナちゃんと菊池くんってそんな仲良かったっけ?」

 淡々と考察を続ける栞。

「しかも菊池くんが自分から保健委員名乗ったの初めてっぽい」

 二学期を振り返っているのだろう、目を閉じて何か呟きながら、暫くすると満足そうに頷いた。

「で、でも…」

 反論を試みる比奈子。

「でも、じゃなーい!」

 栞がそれを阻止する。

「ヒナちゃんはね、もっと自分に自信持った方が良いと思う」

 真面目な調子で栞は言う。

「誰から見ても、ヒナちゃんは可愛いんだからさ」

 にっこり微笑んで、比奈子の頭を撫でる栞。

「………」

 比奈子はもう、何も言えなくなった。