Christmas Time >2003「Courage」>第02話「Under a spell〜12月25日・朝」

Under a spell〜12月25日・朝



 不思議な夢を見た。

 深海を思わせる青の空間に、一縷の光が差し込む。それは希望を思わせる光だった。

 比奈子はいつも寝起きは良くないのに、その日は意識がハッキリとして目覚めた。夢で見た風景も鮮やかに記憶されている。



 そんな不思議な夢から、比奈子の一日は始まる。



 クリスマスの朝は、何故だろう、普段となんら変わらない景色なのに、何かが違うような感覚に陥る。

 町の匂い。人の足取り。流れる音楽さえもそれらを助長している…ような気がする。

 まだ眠る寂しい商店街を抜けて大きな十字路に差し掛かる。この場所の信号待ちは長い。いつも通る時は大体赤信号が灯っているのに、今日は比奈子が差し掛かるとタイミング良く青になる。

 そんな些細なことが、少し嬉しかったりもする。

 その横断歩道の白い部分だけを踏みしめていくのが、比奈子の日課でもある。

 其処からまっすぐ五分ほど歩いていくと、比奈子が通う小学校が見える。

 比奈子は眼前に広がる校門を普段通り通り抜けようとする。

 と、前にはクラスメイトの女の子が三人並んで歩いていた。

 比奈子は俯いた。

 自分が其処にいることをなるべく目立たないように、と思ってのことだった。

 いつもそうしていた。クラスの子がいると咄嗟に自らの存在を隠す。それが日常だった。

「あ、ヒナちゃんおはよう」

 と、突然前を歩いていた三人の女の子たちは振り向いて微笑みながら、比奈子に挨拶をした。比奈子は気後れしながらも「おはよう」と応えた。

 三人は比奈子が追いつくまでその場で歩みを止めて待っていた。

 比奈子は戸惑った。普段なら有り得ないことだった。たまに挨拶を交わしても、一緒に教室に行くことはない。

 それなのに、三人はいつもそうするという風に話を続ける。

「ヒナちゃんさ、昨日のドラマ見てた? 鳴宮くんが出てるヤツ」

 比奈子は頷く。

「…うん、昨日のは両思いだって判った所で終わったよね」

 ドラマの内容を思い出しつつ、比奈子は言う。

「そうそう! まだ鳴宮くん気付かないからさーもういい加減気付けよって感じだよねー」

 と、また違う子が言う。

「でもさ、その鈍感さもワタシ的にはアリなんだけどなー」

 その意見を皮切りに議論が展開される。

 比奈子は三人の意見を聞きながら、自分がいつの間にかその三人の真ん中にいることに気付いた。

 立ち止まる比奈子。

「あれ、ヒナちゃんどうしたの?」

 と、三人は比奈子の一歩分前で立ち止まり、比奈子を振り向く。

「え? えっと…」

 比奈子は思案する。

 何かがおかしい。普段通りのようで、普段通りではない。

 その時になって、また比奈子の脳裏にあの言葉がよみがえる。

『魔法だよ』

 まさか。

 比奈子はその突飛な想像をぬぐい捨てた。有り得ない。

「ヒナちゃん?」

 三人が訝しげな表情で比奈子に声をかける。

「どうしたの、具合でも悪いの?」

 一人が比奈子に駆け寄って、手を握る。

「保健室、一緒に行くよ?」

 不安げな顔をする女の子。

「あ…、違うの」 

 比奈子は慌てて否定する。

 その時、チャイムが鳴った。

「ヒナちゃん、とりあえず教室に急ごう!」

 二人が走り出し、手を握った子も「行こっ!」と駆け出したので、比奈子も手を引かれるようにして走った。

 握られた手は暖かくて、厭な気持ちはしなかった。



 クラスに着くと、更に不思議なことが続いた。

「あ、ヒナちゃんおはよー」

 女の子たちから次々と声がかかる。比奈子は戸惑いながらもその全てに笑顔で応える。

 自分の席に着くと、比奈子に暫く静かな時が訪れる。

 比奈子は机の中の教科書を確認しながら考える。

 皆の態度が明らかに昨日までとは違う。そうすると、やはり…。

「ヒナちゃん」

 先程手を繋いでいた女の子がやってきた。名前は西野 栞(にしの しおり)だったと思う。

「体調が悪いわけじゃないんだよね?」

 心配そうな表情。

「うん、大丈夫だよ」

 栞の不安を拭うように精一杯に笑う比奈子。それを見て初めて、栞は胸を撫で下ろす。

「良かったよー。ヒナちゃん、なんか思いつめた顔してたから」

 比奈子は苦笑する。栞に丁寧に謝ると、始業のチャイムがなる。栞は慌てて自分の席へ戻って行った。栞の明るい性格に、比奈子はいつの間にか惹かれていた。



 普段通りの授業。けれど、一コマ終わる度に冬休みの到来を期待させる。そして比奈子にはもう一つ嬉しいことがあった。

 休み時間になる度、比奈子の席の周りには人が集まっていた。

「ヒナちゃーん」

 と、栞。

「またきたよ〜」

 比奈子は微笑みで迎える。

 そして、他愛もない雑談がはじまる。栞と比奈子の話は、周りとっても面白いものだった。比奈子が振る話題全てを栞は汲み取って、更に話題を大きくしていく。そのうちに話に入れる他の子も交わって、自然と輪が広がっていく。
 比奈子は実感していた。

たまに遠くで友達が輪になり、話しては笑っている姿を、羨望の念を持って見ていたこともある。その羨んでいた輪は今、自分の周りにある。

人と話すことが、こんなにまで心温まるものだとは、比奈子は思ってもいなかった。

人は一人では生きてはいけない。そんな言葉を確か何かの本で読んだことがあった。比奈子はその言葉の意味を今日、身を持って知った。

そしてまた、始業のチャイムが鳴る。

 普段から早いと感じていた休み時間が、今まで以上に早く感じる。

 チャイムが鳴って授業が始まると、次の休み時間が待ち遠しくて堪らなくなる。授業の内容を聞いている余裕もない。

 この、身を焦がすような思いが人と触れ合うことの喜びだというのなら、比奈子はもっと感じたいと心から思った。そして人が人と接しながら生きていくわけを理解出来たように思う。